時少。

□03
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ふわあ、と手のひらで口を押さえて欠伸を一つ。
朝から欠伸を零す朔那の元に蜜柑が駆け寄ってきた。

「眠たそうやなあ朔那ちゃん」

『ちょっと夜更してて…。それより何か用事?』

「あ!そうそう!明日のアリス祭、一緒に回らんへんかのお誘いです!」

『アリス祭……楽しそうね、蜜柑』

「うん!うち、お祭りとか大好きやねん!」

『(ああ、うん。イメージぴったり)』

花が飛ぶ勢いで上機嫌な蜜柑に朔那は、申し訳なさそうに眉根を下げた。

『実は知り合いから色々と見に来いって誘われてるの。全部回ると蜜柑が行きたいところ行けないから、今回は遠慮するわ』

「ええー……そっかあ…それならしゃーないなあ…」

がっくりと肩を落とす蜜柑にもう一度ごめんねと謝ると、すぐにいつも通りの笑顔に戻った蜜柑にホッとした。
授業のチャイムによって席に帰っていく蜜柑を見送りつつ、隣の棗と流架の空席を見つめる。どこかでサボっているんだろうが、自分を誘ってくれなかったことがつまらない。
なんせ、次は神野の算数の授業だ。
眠気絶頂のこういう時はサボるに限るのに。

『(ああ…ベッドが恋しい…)』

「如月、貴様は今が授業中だというのがわかっているのか」

『…神野先生、いつ教室に』

「30分前だ馬鹿者め!」

気づけば授業開始から30分も経っていて、授業も終盤だった。
そんな長くボーッとしていたのだろうかと朔那は首を傾げた。
誰もが顔を青くする怒る神野を前に、一人マイペースに自問自答している朔那に生徒達は血の気が引く思いだ。

「貴様…少し調子に乗りすぎだな。誰のおかげで平和に過ごせていると思う」

『少なくとも貴方のおかげではないことは理解しています』

悪びれもなく笑顔で告げた朔那に生徒達は顔面蒼白だ。
神野の怒りの針が振り切ったようで、手に持つ棒を朔那に向けた。それはアリスを使う合図でもあり、数人が息を呑んだ。

「ダブルでいたいならダブルらしい態度をしろ。本来ならば貴様は幹部生としての仕事があるのだからな」

フン、と鼻を鳴らした神野に朔那は内心舌打ちをした。
神野の言葉にざわめく生徒達を一瞥した朔那が俯いていることに優越感を覚えたのか、神野は嫌な笑みを浮かべた。

「どうした如月、反論はしないのか」

『……神野先生』

顔を上げた朔那の視線が神野のもとと交差する。
それは一瞬のことだったが、神野の身体が、神経が、自分の思うように動かない。
朔那が貼り付けたような笑みを浮かべている。

『少し、お喋りが過ぎますよ』

指をひと振りすると、神野は身体が勝手に動いたことに驚きを隠せない。
朔那の名を叫ぶ神野は、止まることなく退室してしまった。
呆然とそれを見送った生徒が朔那を見ると、ひと振りした指の先からキラキラとした何かが光っているのが見えた。

「朔那ちゃん…幹部生ってどういうことなん?ダブルってウソやったん?」

『………』

少し混乱しているのか、蜜柑が戸惑いを隠せない様子で尋ねてきた。
ぐるりと教室を見回すと、誰もが信じられないような目で朔那を見ていた。
潮時か、と溜息をついた朔那は椅子から立ち上がった。

『神野もいないし、ちょっと出るね』

「朔那ちゃ…」

出ていこうとする朔那を引きとめようとする蜜柑は、申し訳なさそうに笑う朔那に言葉を詰まらせた。
誰も引き止めることはできずに、ただ扉が閉まるのを見ているしかなかった。

「朔那」

『秀一?どうしてここに…』

「星階級がバレたみたいだね」

『お前は地獄耳か』

実際は彼のアリスゆえなのだが、そんなこと百も承知している朔那はひょい、と肩をすくめてみせた。
それほど落ち込んでいる様子もなく、朔那の友人である櫻野秀一は安堵の息をついた。

「今日は教室には戻れないだろう?
幹部室に仕事が溜まってるから手伝ってくれないかな」

『別に構わないが……狙ってたんじゃないだろうな?』

まさか、と笑う櫻野に朔那は疑いの目を向けるものの、すぐにいつも通りの笑顔を浮かべた。
朔那が出たあと、教室では星階級についてざわめきが広がっていた。

「朔那さんが幹部生ってことは…」
「スペシャルってこと?」
「でもスペシャルって初等部だと棗君だけなんじゃ…」
「朔那さんが俺らを騙してたってことか?」

誰かが、ポツリと呟いた。
それと同時に教室の扉が開き、棗と流架が入ってきた。
教室内を見回して、姿が見えない朔那を尋ねると、「棗さんは知っていたのか」と問い詰める面々に不快げに眉をひそめた棗。
蜜柑が事情を話すと、無言になった二人に更に朔那に対する反感が大きくなった。

「棗さんや流架君にまで黙ってるなんて…」
「やっぱり俺たち、騙されてたんだ…」

「そんなこと、朔那は絶対にしない」

はっきりと否定したのは、流架の声だった。
普段温和な流架がここまで怒気を露わにするのは珍しい。それほどまでに怒っているのだ。

「何か事情があるに決まってる。じゃないと、朔那が俺たちに黙ってるなんておかしいから…」

「行くぞ、流架」

たった今入ってきた扉から出ようとする彼らを、騒いでいた生徒達はは止める術を持たなかった。

朔那を探すために棗と流架は様々な場所を巡っていた。
北の森やセントラル、もしかしてと思って寮まで行ったが、帰っているということはなかった。
朔那は学園に異様に友人が多い。
だからこそ、どこかに匿ってもらっているのではないかと考えたが、それでは手の打ちようがない。

「棗、一旦帰ろう。
明日はアリス祭だから、明日はきっと会えるはずだよ」

「ああ…」

空を見上げると、先日と同じ沈みかけの夕日が朔那のことを彷彿させた。




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