時少。

□02
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「お、目ぇ覚めたか?」

寝たのが明け方だったため、睡魔に耐え切れず、天気もポカポカと良かったので大木の近くで昼寝をしていた。
気づけば風もなく、太陽の光もない屋内へと移動されていた。
体を起こすと、私が幼いころからの友人である翼がカップを片手に振り向いた。

『………』

「いやいや、どんだけ寝る気だお前。
って寝ようとするなっ!」

『私はまだ眠い、寝かせて。
というより寝かせろ』

「命令形かよ!?」

キャンキャンとうるさいので、仕方なく二度寝という選択肢は取り消すことにする。
翼が座っている隣に腰掛け、コーヒーの入ったカップを受け取った。

「それよりお前"先輩"つけろっつーの」

『何を今更…気持ち悪い』

「お前ね…」

もう諦めたのか、それから何も言わずに見つめてくるものだからカップを傾けながら睨むと、手を伸ばして私の頭を撫で始めた。
なんだこいつは。とりあえず腹が立つので払っておこう。

「おわっ!?」

その瞬間、翼の体は空中に浮いた。
朔那の"マリオネットのアリス"によるものだ。

「おい、朔那!」

『子供扱いするからだ』

「十分こども、」

『余程そこから落ちたいと』

「スミマセンデシタ!」

「…何やってんの?あんた達」

ドアから入ってきたのは幼馴染の"原田美咲"だった。
宙に浮いている翼と我関せずとカップを傾けている朔那を見比べて呆れたような顔をしている。

「美咲!ちょ、助けろ!」

「朔那のアリスか。どうせ翼が余計なこと言ったんだろ」

『さすが美咲。ご名答』

「そんなことより朔那。そろそろ能力別だからみんな来るぞ?」

『……なら、仕方ない』

朔那が指を鳴らすと、ゆっくりと翼の体が床につく。
ようやくの地面の感触に安堵の息を吐く翼に何したんだと聞いている美咲を横目にアリスで足音を聞く。

『そろそろか…』

話していた二人は早々に窓から身を乗り出そうとしている朔那を振り向いた。

「朔那。今日は居ないのか?」

『ああ。野田先生は帰ってるんだろう?
なら、蜜柑のアリス訓練と能力の説明するだろうし、私に関係のある話をされても困る』

「なんかあったらフォローしといてやるよ」

そう言った美咲に、うんうんと頷く翼に苦笑を返し、窓枠に足をかけた。

『ありがとう。今度埋め合わせするよ』

そう言って窓から飛び降りた。ちなみにここは一階ではないのは確かである。
それでも二人は焦りなどしない。朔那がこのぐらいの高さなどものともしないことなど、とっくの昔に熟知している。

「相変わらずだな。埋め合わせなんかなくてもフォローぐらいするのによ」

「あれが朔那のいいとこだしな」

そりゃそうか、と翼が納得した時、特力の教室の扉が開いた。

「さーて、今日もやるかー!」
「もう、無効化のチビも退院したんだろ?」
「なら今日あたり、来るかもな!」

そんな話をしながら次に入ってきたのは"のだっち"こと"野田先生"。
持ち前のアリス故に、一度発動すれば中々帰ってこないので久々のご対面である。

「お久ぶりです、皆さん」

「のだっち!帰ってたんだなー」

「ええ、昨日やっと縄文時代から帰ってこられました」

笑っている生徒達と一緒に文化祭の準備を始める野田に、翼が話しかける。
無効化のアリス持ちという転入生が今日ぐらいに来るという話をした翼にお礼を言い、二人とも作業に取り掛かった。







「朔那!」

『流架!棗は?』

棗と流架の二人を探していると、流架の方から見つけてくれたものの、いつも一緒の棗が見当たらない。
流架も探しているようなので、一緒に探すことに。探すといっても見当はついている。恐らくどこかで寝ているはずだ。

『あれじゃない?』

「ほんとだ」

北の森で、棗は大きい木の太い幹の上に寝転がっていた。
気持ちよさそうに寝ている棗を起こさないよう、流架と朔那は静かに登って幹に座り込んだ。
棗の寝顔が眠気を誘うのか、朔那がウトウトし始めた。

「朔那も寝る?」

『んー…流架は?』

「オレはいいや」

『……頑張る』

棗も寝ているし、自分も寝てしまったら暇になるから気を使っているのだろう。
そんなこといいのに、と流架は口に出さずに思っていると、肩に重みを感じた。
頬に当たるサラサラの髪は朔那のものだ。どうやら耐え切れずに寝てしまったらしい。

「…寝たのか朔那」

「わっ」

いきなり聞こえた声に驚き、慌てて口を押さえる流架。
振り向くと棗が上半身を起こし、こっちを向いていた。

「棗、起きてたの?」

「お前らが来てからな」

静かに登った意味がなかった。
棗は流架の肩に頭を預けている朔那に目を移した。

「どんだけ寝んだよ、こいつ」

「さっきまで特力で寝てたって言ってたけどね…」

苦笑する流架の言葉に眉間に皺が寄る棗の脳裏に思い浮かぶのはあの帽子をかぶった影使い。
朔那は特力でもないくせにやたらと仲がいいのが、何となくいつも気に食わなかった。

「夜、寝れないのかな…?」

心配そうに目を伏せる流架に、棗は目を細めて朔那を見る。
どことなく、顔色が悪そうに見えた。







目を開けると、そこは暗闇だった。
ただただ真っ暗なだけの、上も下も分からなくなる闇の中にぽつんと一人きり。
だけど、少し先にひとつの光が見える。

うんざりするほど経験のあるこの光景に、気が重くなる。

ここは私の"夢"の中であり、"時のアリス"が私に視せる時空間の中。
私のアリスの内の一つ…"時のアリス"は、私の意志関係なく発動することが多い。


自分の意思で発動させようとしても上手くいかないことが多く、眠っているときに自発的に発動することもあれば、起きている時に映像が浮かんでくることもある。
そういう時は主に、私や周囲の人間の危険察知。


今回視えたのは、今度のアリス祭だった。
特力のブースである高等部体育館に行列が出来ていた。
そういえば今回はいつもとは違うと翼と美咲が意気込んでいた。
ふと景色が切り替わり、棗と流架、蜜柑と自分の4人が歩いていた。
頬が緩むも、蜜柑に笑顔を向ける自分に違和感を感じた。じっと見つめて違和感を拭おうとするが、一気に光が広がって闇を包んだ。
結局違和感は分からずじまいで、意識が浮上していくのがわかった。



目を開けると、木々の隙間から見える太陽の光が眩しくて腕をかざす。
隣から「起きた?」と顔を覗き込んできた流架の後ろに、寝ていたはずの棗が体を起こしていた。
私だけ除け者か、と少し口を尖らせると焦る流架にクスリと笑う。
そんな流架に比べて、棗の視線が体に刺さるように痛い。
どうしたのかと尋ねれば、その視線は責めるように鋭くなった。

「…お前、夜寝てんのか」

『何で?』

「寝てないんだな」

「寝てないんだね」

答えてないのに決め付けてるなこの二人。
ムッと不機嫌な表情をしてみると棗に額を突かれた。地味に痛い。
突かれたところを押さえて棗を覗き見ると、怖い顔で睨まれていた。これは…観念するしかないと肩をすくめた。

『確かに寝てないけど、任務をしてるからじゃないよ』

「じゃあ何してるの?」

「朔那」

『………』

これは洗いざらい吐くまで逃げられそうにもないと悟った朔那は少しだけ正直になることにしたようで、泣きそうな笑顔を浮かべた。

『……怖い夢を見るから、眠れないだけ』

心配しなくてもいいよ。そんな意味を込めて笑うが、嘘だろう、と睨んでくる棗に苦笑を零すと厳しい視線は緩くなった。
夢を見るのは本当だ。寝られない理由はそれだけじゃないってことだけど。
ふわりと流架が頭を撫でてきた。
キョトン、と見つめる朔那を安心させるように流架は優しく微笑みを浮かべた。

「もう少し寝てる?」

『……ん、へーき。
ありがとう、流架』

怖い夢を見るのだと泣きそうに笑った朔那の姿はそこにはなく、ただ横に流架がいて棗がいるこの場に安らぎを覚えていた。

『そろそろ戻りましょ。もうすぐ夕方だわ』

陽が落ちた時刻を嫌う朔那のためにも、二人はすかさず頷いた。
黒い布にオレンジジュースを零したような空を見上げる朔那の髪を、少しの風が揺らした。







その夜、朔那は一人部屋の窓から抜け出した。
二階に位置する部屋は、かなりの高さがあるものの、躊躇う様子もなく朔那は飛び降りた。
大した音を立てずに足を曲げて衝撃をいなした朔那は迷うことなく木々が繁る森へと足を踏み出す。

草を踏みつける音がするだけの暗闇の中、頼りの明かりも無しに朔那は足を止めることなく進んでいる。
そんな朔那の背後から、音もなく手が朔那の首へと伸ばされた。

『時間には遅れてはないはずよ?ペルソナ』

後ろを振り向くでもなく、自分を言い当てた朔那に別段驚いた様子も見せずに闇夜からひっそりと現れたのは黒衣に身をつつみ目元に仮面をつけたペルソナは口元に笑みをたたえていた。

「…相変わらず時間には正確だ」

『なら気配を消して近づかないでよ』

唇を尖らせる朔那にクツリと喉を震わせ踵を返したペルソナに何も言わずに後を追う。
靴が草を踏みしめる音を聞きながら歩いていると、ペルソナが口を開いた。

「今日で3日目だ。お前はどれだけ棗を庇う?」

『庇う?』

「お前の本来の仕事は既に終わっている。最近しているのは主に棗に回されるものばかりだ」

『仕事を選んでいるのはそっちでしょ?
それに、庇ってなんかない。私は私ができることをしているだけよ』

森を抜けると正門に出た。そこに止まっている黒塗りの車に乗り込んだ。ペルソナは運転席に、朔那は後部座席だ。

庇うでもなく守るでもない。
決して口には出さないが、心の中ではきっとあの生意気な黒猫を守るために暗躍する決意をしているのだろう。
そのことに、やけに苛立ちが強くなるのことにペルソナは内心で首を傾げた。
感じたことのない感覚だ。何故、朔那が棗を気にかけただけでこうも苛立つのか。

『ペルソナ?どうかしたの?』

「何でもない。……お前ぐらいだ、私をそこまで気にかけるのは」

『そんなことないわよ。ペルソナは優しいじゃない』

「……変なやつだ」

『酷い言い草ね』

手厳しくする気が起きないのは、こいつが変な奴だからだ。
車のバックミラーに映る笑う朔那を見て、ペルソナは静かにアクセルを踏んだ。




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