時少。

□01
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『……どういう状況…?』

朝起きて寝返りをうとうとするが、少し揺れるだけで横を向けないことに目を開けると、すぐ目の前に棗の顔があってビクッと肩が跳ねた。
鼻が当たるほどまで近く、反対側には朝日に反射する金色が見えたことから流架もいるようだ。
 
なんで…?
二人とも部屋着だし。いつの間に入ったんだろうと不思議に思う。全然気づかなかった。
とりあえずこのままでは動けないのだが、どうしようかと思っているともぞもぞと流架が身じろぎをした。

『流架?』

「ぅ、ん?」

目をこすりながらぼんやり目をあける流架はかなり可愛い。正に天使。
青い空色の瞳を忙しなく動かして、状況を確認できたのか慌てている。

「え、なんで朔那が…」

『私の部屋なんだけど…ていうか私が聞きたいよ』

「え」

ごめん、とベッドから降りてくれたので、ようやく体を起こせる、と思いきや棗の腕ががっちりとホールドしていて動けない。
流架と二人がかりでようやく目を覚ました棗は私が目の前にいても気にしなかったようだ。
それどころか起こされて若干不機嫌。理不尽だ。

理由を問い詰めたかったけれど、ふと視界に入った時計に、朝食まで時間がないので急いで着替えるために二人を追い出した。
二人も着替えないといけないし。ああ、お腹すいた。
自分でも身支度にかける時間は短いと思うが、やはり男だからか棗と流架はすでに部屋の外で待ってくれていた。

『なんで私の部屋にいたの?というよりいつ入ったの』

「気分」

『気分で女子の部屋に忍び込まないで』

しれっといいのけた棗に呆れて脱力する。
この学園の制度である星階級において、私はダブルと評価されている。
しかし朝食はどれも同じくらいの量となっている。夕食のあの差は半端ない。

『流架、これあげる』

「え、」

「自分で食え」

『多いよ』

「食え」

『………』

果物とサラダですでにお腹いっぱいになったので、サンドイッチを流架に渡すと棗が阻止してきた。
流架も食べたほうがいいと言ってきたので、渋々口に運んでいく。
そろそろ本気で限界に達しそうになると、横から手が伸びてきて3切れあったうちの二切れが消えて、棗と流架にそれぞれわたっていた。
あっという間に二人の胃袋の中に消えたことをキョトンとしながら見ていた。

「早く食え。置いてくぞ」

『ありがとう』

さり気なく食べてくれたことにお礼を言うと、棗はそっぽを向いてしまったけれど、私と流架は顔を見合わせて笑った。





満腹の中、算数の授業は退屈でひどく眠い。
今はつい最近転校してきた蜜柑が神野に質問されているが、どうやら分からないらしく鼻で笑って馬鹿にされている。

ようやく罵倒の時間も終わったようで、落ち込みながら座る蜜柑の背中を見つめていると急に振り返った蜜柑に少し気まずさを感じた。
怒られたことを恥じているのか、苦笑に似た笑顔を浮かべた蜜柑にフ、と笑み溢れたのを神野に見つかった。

「如月、何を笑っている。
笑っているなら授業の問題は聞いていたんだろうな」

『はい?』

「前に出てこの問題を解いてみろ」

コツコツ、とチョークでつつかれる黒板の問題を解けと言っている神野に呆れてため息と同時に返事を返したことが気に食わなかったのかその額に青筋が浮かんだ。

「うわっ、あれって高等部でやる問題じゃん」
「ジンジンひでー!」
「如月さん大丈夫かなぁ」

移動する際に聞こえた皆の会話通り、解けと言われた問題は初等部どころか中等部でさえ習わないもの。
しかも高等部の生徒でさえ解けるかどうかの難易度の高い問題だった。

「どうした、解けないか?」

『誰も解けないなんて言ってません』

チョークで答えを書き連ねていく。
この程度の問題、私が解けないとは思ってないでしょうに。

「…いいだろう、戻れ」

あくまでも上から目線は変わらない神野の横を通りすぎる際にポツリと呟く。

『ちなみに、2行目に間違いがありましたので直しておきました』

「…貴様…っ」

顔を真っ赤にして憤慨する神野にクスリ、と笑って席に戻る。
他の生徒はいつ飛び火がくるかヒヤヒヤしているようで申し訳なかったけれど、すぐにチャイムが鳴り響いて怒ったまま神野は教室から去っていった。

「朔那ちゃんすごーい!
あんな難しい問題解くなんて!」

『基本が分かっていれば解ける問題よ』

「初等部で解けるのはあんたくらいよ」

興奮状態の蜜柑と対照的に、冷静でクールな蛍に何故か呆れられていた。
何が?と首を傾けると溜息をつかれた。失礼な。

目の前で賑やかに会話する蜜柑の胸元で輝く一つのバッジにふと思い出す。
嬉しそうにシングルに昇格したと報告してくれたのは記憶に新しい。

棗がZに捕まったのを無茶をして阻止したことによる褒美だそうだ。
良かった、と思う反面、罪悪感が募っていく。
彼らが大変な時、私は知らぬ存ぜぬで自分から頼み込んで追加した任務をこなしていた。
私が知っていた未来そのものの結果。
無事に帰ってくることは分かっていたが、怪我だらけの包帯だらけになっていた姿を見たとたんに、涙がこみ上げてきた。


彼らはいつも通りの笑顔を私に向けてくれるけれど、いつかはその笑顔は別のものに変わる時が来るのだ。
それは失望か、憤怒か、侮蔑か。
いや、むしろ罵ってくれたほうが楽なのは確かだ。本当に、私はズルい。楽な方ばかりを望む。

だから今度こそは、と決めた。
必ず守る。傷つけさせない。未来が変わることなんて気にしていられないのだと。

「おい、どうした」

『……何でもないよ』

怪訝な目を向けてくる棗に笑い返して、ぎゅっと拳を握った。



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