時少。

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朔那がいつも通り、高等部校長であり父でもある一巳の部屋でくつろいでいると、新聞を広げていた一巳が泉水に向かって言いにくそうに告げた。

「お前その髪型…ちょっとかぶりすぎじゃないか?」

ゴホン、と咳払いをして言われた言葉は、その場にいた朔那も一瞬止まり、笑いをこらえるのに震えた。
確かに、アリス故に成長が止まった一巳と泉水はいくら中身が違うといってもシルエットはそっくりである。

「もっと早くいえよな!」

『…と、父様なりに気を遣ったんだよ』

「朔那笑いすぎだろ」

フォローを入れつつもプルプルと震えている。
浮かんだ涙をぬぐいつつ、朔那はどうするの?と泉水に尋ねた。
次の日、さっぱりと切った泉水は「どうだ?」と朔那に感想を求めると、朔那は『似合ってるけど見慣れないから面白い』とケラケラと笑った。
杏樹や柚香だけでなく、ほかの特力の生徒にも笑われたという泉水はなんとなく落ち込んでいた。

『泉水ー、もう見慣れたから似合ってるよ?元気出して』

「見慣れたから似合ってるって何だよ…かず兄に似てきたな朔那…それはそうと、最近柚香の様子どうだ?」

『嫌がらせは続いてるみたいだけど、杏樹も守ってくれてるみたいだし…まだ大丈夫だと思う。でも、それも時間の問題…かな』

姫宮の加護のもと、容易に手出しができなくなった久遠寺は、やり方を変えて柚香が騒動を起こさせて丸め込もうとしている。
朔那だけでなく杏樹や泉水達が庇っているものの、おそらく柚香を厄介事として捉える姫宮の方が緊急を要するだろう。
泉水と二人で歩いた先にはフェンス越しに馨がアリスを使って杏樹のことをのぞき見ていた。

持ち前のアリスを使用した情報収集により、嫌がらせの裏をとってきた馨の言葉は朔那が言っていたことと同じだった。

どうにかしたい、という泉水に反し、馨の提案はとりあえず放っておくこと、だった。

『馨、確かめたいことって…』

「朔那なら気づいてるやろ?」

去ろうとする馨は朔那の言葉にふっと笑った。
馨の背中を見送る朔那に話についていけない泉水が急かすように声をかける。

「おい朔那、何か知ってるのか?」

『………そのうち分かると思うよ』

「朔那っ!」

『泉水。私も馨の意見に賛成。
いつまでも守ってあげるだけじゃ、きっと柚香はダメになる』

いつも笑みが絶えない朔那は真剣な顔で泉水を見つめている。
瞳がもつ強い光に泉水はつい気圧されてしまい、出る言葉はなかった。





時が進み、柚香は初等部校長の策略により、問題を起こした犯人に仕立て上げられた。
連れていかれた先は、上座に座する中等部校長・姫宮のいる花姫殿。
並んで座る花姫達。その中の馨の横に朔那の姿が並んでいることにも柚香は驚いた。
姫宮はうっとうし気に柚香を見やり、諫めようとする馨の声も耳に入れず花姫殿を追いやろうとする。

『姫様……』
「月花の君の頼みもあって匿っていたが…ああせいせいした」

その言葉から朔那がずいぶんと気にかけられていることがわかる。
しかし、その朔那の言葉も聞き入れられず、これは相当面倒くさかったのだと内心ため息をついた。

「姫様、特段取り柄もなさそうなこの子…何でそんなにも初等部校が執着するか気になりませんの?」

馨は何か企んでいるような笑みを浮かべていた。
たかが盗みのアリスなど、と掃き捨てる姫宮に、もう一つのアリスの可能性を示唆してみせた。

「他人のアリスを体に入れることができるんじゃないかと思って」
『そのようなことができれば素晴らしいことです、姫様』

馨の笑みに加え、朔那も横から言葉を乗せる。
とたんに、姫宮の目つきが変わった。
初等部校長の受入れの申し出を断るように伝えた姫宮は、柚香に花名をつけた。
これで柚香は花姫の一員となり、本腰を入れて姫宮の庇護下に入ったことに、朔那はそっと詰めていた息を吐いた。

姫宮は柚香を見据えると、高等部校長の不老不死のアリス石を柚香のアリスによって体内に入れるよう指示した。
しかし柚香本人にとってそんなアリスは寝耳の水であり…。
とんとん拍子で進められた話に柚香は混乱しながらも拒否すると、顔の横に薙刀が突き刺さった。

「"できません"じゃなくて、やれ」

花姫らしからぬ形相の馨が薙刀を手に柚香を追い詰める。
あまりに凛々しい様子に周囲の花姫は顔を赤らめた。

「ひな鳥みたいにピイピイ鳴いて人から餌もらうのももう終いや。いっぱしの女なら自分の自由くらい自分の力で勝ち取ってみい。朔那はとっくの昔からそうしとる」
「え…ぁ…」
「わかったら返事は?」

至近距離の笑顔に、柚香はNoを許されるはずもなく…。はい、と声を絞り出した。

『柚香、大丈夫。がんばろう』
「朔那……」

フルフルと子犬のように震えている体をよしよしと慰めてくれる朔那に思わず涙が零れそうになる。

「月花の君…柚子の君が役立つまでは今まで通り頼むとしよう…」
『承知いたしました、姫様』

にこり、と優美な笑みを交わす二人。
とてもではないがその場でその言葉の意味を柚香は聞くことができなかった。
その後、馨の恐怖ともいえる迫力に押され、死に物狂いで"入れるアリス"を発現させた柚香は、花姫殿に受入れられることとなった。

その後しばらくしてから、柚香は後に思い出したかのように、姫宮と朔那のやり取りについて馨に尋ねていた。
朔那本人に尋ねないのは、聞いてはいけない気がしたからだ。

「今までは朔那がアリスを使ってやってたことやからな」
「朔那が…?どうやって…」
「さあ…そこまでは分からん。私のアリスもあの子にはあまり効かんみたいやし…」

盗みのアリスではない朔那が一体どうやって姫宮にアリス石を服用させていたのかは誰にもわからなかった。
これは朔那が、というより姫宮が周囲に漏れないよう気を遣っていたという。

「馨先輩は朔那がアリス使ってるところ見たことありますか?」
「いや、あの子アリス見せびらかすような使い方せえへんしな。ただ…」

少し言い淀んだ馨は、神妙に告げた。

「朔那のアリス自体は"マリオネットのアリス"やねんけど、あの子のアリスはそれに収まらんらしい」
「それってどういう…」
「マリオネット…操り人形って言うからには何かを操れる能力なんやろうけど、あの子が操れるものは目に見えるものだけじゃない」

柚香は以前泉水から聞いた、杏樹のアリスを操り反撃をした話を思い出した。

「アリスを操るアリス…ってことですか?」

断定ができない、否定もできない。
それほど朔那のアリスは不思議で、不気味とも言えてしまうほどに奇妙だった。



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