時少。

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『泉水、痛そうだね』

「いててっ、そう言いながらつつくな朔那!」

泉水の頬と顎は青く変色しており、ガーゼを貼るため見ていた朔那は指で軽くつついていた。
久遠寺のところへ乗り込み柚香を連れてきた泉水が行平校長に2発殴られた痕である。

「朔那、その馬鹿は放っておいて構わん」

吐き捨てられた言葉に泉水は兄が本気で怒っていることを悟り、苦笑いで誤魔化すしかない。

『父様、あまり怒らないであげて。
確かに後先考えない鉄砲玉みたいな行動だったし調査結果を暴露するっていうのもどうかと思うけど』

「朔那の言葉が一番刺さるわー…」

『…泉水なら柚香を助けてくれると思って、私もお願いしちゃったの』

ごめんね、泉水。ありがとう。と感謝と謝罪を込めてぎゅう、と肩に顔を埋めて抱きつく朔那に泉水は微笑んで背中を優しくたたく。
その様子に一巳もこれ以上怒るに怒れなくなってしまい、息を吐いて高ぶる気を沈めようと試みた。
泉水の手当を終えて離れた朔那は今度はため息をつく一巳に同じように抱きついた。
ごめんなさい、と呟く愛娘にもういい、と答えながら頭を優しくなでつけた。

そして話題は今後の柚香のことに。
彼女をどうやって匿うか、ということに一巳は一つアテがあると言って朔那を見つめた。

「恐らくすこし協力してもらうことになる」

『父様や泉水、柚香の力になれるなら』

躊躇うことなく応える朔那にすこし苦笑を零した。
翌日、話は一応通してあるという一巳の言葉に朔那と泉水、柚香が向かったのは中等部校長が構える花姫殿だった。
まず姫宮が早々に顔を歪めながら泉水に皮肉を並べ、次に馬鹿にしているであろう踊りを要求した。
見るに耐えない踊りを披露する泉水の心意気に朔那は思わず拍手をした。





花姫殿を後にした朔那は一巳に報告をしてから、二人に遅れて特力の教室へと向かっていた。
途中、服装を乱した男子生徒とすれ違ったが、何があったのかは簡単に予想がついた。

『馨、また襲おうとしたの?あ、2人とも見つけた』

「あら朔那。こっちおいでー」

『服をちゃんと着たらね』

「五十嵐ぃ、朔那まで喰おうとしてんじゃねえよ」

ひょっこりと顔を覗かせた朔那に薫はハートを飛ばす勢いでソファの空いている箇所をたたいて誘うが、シャツをはだけたままの馨に朔那は笑顔で首を振った。
大丈夫だったか?と尋ねてくる泉水と不安げな柚香ににっこりと笑みを返していると、スーツの女性が飛び込んできた。

「大変です!初等部の鳴海くんが!」

『泉水行ってらっしゃい』

「待て待て、お前も来い」

『ヤダ。まだ懲りてないってことでしょ?』

「あー…朔那に会えないからやってるとこもあるから、そろそろ許してやってくれよ…」

頼む、という泉水の疲れが現れた顔に負け、朔那は渋々頷いた。
3人が問題が起こっている場所へと向かうと、杏樹が3人に馬を作らせ自分を運ばせていた。

『……ごめん、泉水。やっぱり無理。あの子反省してない』

「こら杏樹ー!いい加減にしねえと朔那に愛想つかれるぞっ!」

先頭はまさかのお偉いさんである。
あまりの朔那のドン引きに泉水は杏樹に駆け寄った。
腕を引いた杏樹を勢いそのまま乱闘へと持ち込んだ泉水に朔那は呆れつつも楽しそうに笑った。
泉水と杏樹の喧嘩を眺めていた朔那は二人が連れていかれるのをきっかけに踵を返した。

「え、朔那…どこいくの?」

『父様のとこに戻るよ。杏樹がまだ悪戯してるなら会うこともないし。柚香、大変だろうけどがんばって』

肩に手をおかれてその言葉を最後に消えた朔那にぽかんとしつつ、柚香は慌てて泉水たちを追いかけた。
そのあとすぐに、朔那が言っていたことはこれのことかと実感することとなった。

『泉水、最近の柚香は逞しくなったね?』

「おー、そうだな。ってか、柚香から聞いたけどお前分かってたんだって?」

『泉水ならそうするかなって』

「本当はお前と組まそうと思ってたんだけどなあ、杏樹もそのつもりだったみたいだし」

『……ふふ、私はあの二人、結構いいペアだと思うよ?』

柚香が杏樹のパートナーだと言い渡されて数日、元気に言い合う二人は朔那から見てほほえましいものだった。
二人ともアリスのせいで周囲から敬遠され、本音でぶつかりあうこともできない者同士、いい傾向だと思った。

「あー、朔那。杏樹なんだが、明日……」

『……そっか、久しぶりだね。うん、わかった』

いい淀む泉水に朔那は言いたいことを察する。
明日は、杏樹に任務が課せられる日だ。





コンコンコン、と三度扉をノックするが、返事はない。
それは想定通りだったのか、躊躇うことなく朔那は部屋へと立ち入った。

『杏樹』

部屋の主は窓際に置かれた寝台から月明かりに照らされていた。
朔那の言葉にピクリと反応した杏樹は辛そうに歪めた顔をゆっくり朔那に向けた。

『久しぶりだね、杏樹』

「…遅い」

『杏樹がいい子にしてたらもっと早く会えてたよ』

久々に交わした言葉が文句だったことに、朔那はため息を吐いて呆れた。
ぷい、と顔を背ける杏樹に朔那は音をたてずに近寄った。

『杏樹』

「いいよ、来なくても。汚ないから触るな」

『汚なくない。大丈夫よ。何度でも言ってあげる』

見えない壁をゆっくりと溶かすように朔那の言葉は杏樹の耳に溶けていく。
後ろから包み込むように抱き込んでくる朔那に、杏樹は目頭が熱くなっくる。首もとに回る腕をぎゅっと握りしめ、杏樹はすがり付くように朔那に身を寄せた。





柚香が泉水から杏樹の任務のことを聞かされ、すぐに杏樹の部屋へと駆け足でやってきた。
柚香が勢いよく扉を開けると、ベッドに腰掛けた朔那と、朔那の膝に頭を乗せて腰に抱きついたまま眠る杏樹の姿があった。
部屋の電気は消されており、二人を照らすのは月明かりのみという雰囲気に、柚香は思わず顔を赤くした。
その様子に小さく笑い、指を口元で立てた朔那は近づいてくる柚香にニコリと笑った。

『泉水に聞いた?』

「うん……朔那は……?」

『昔からね、任務の後はへこんでるから、こうやってるの。仔猫みたいで可愛いでしょ?』

ウェーブのかかった美しい金髪を遊ぶように撫でられる杏樹は起きる気配がない。

『杏樹と柚香は似てるよね。ふふ、柚香はそうやって嫌そうな顔をするけど、そっくりよ。自分のアリスを嫌ってるところなんて、そっくり』

「……朔那は、自分のアリスは好き?朔那だって、アリスのせいで任務とかやってるでしょ?」

『……そうだなあ……』

ぼんやりと呟く朔那の目はどこかおぼろ気で、柚香をゆっくりと見つめてくる月明かりに反射した瞳は、怖いくらいに美しかった。

『 』

はっ、と柚香が気がつくと朔那の姿はなく、杏樹が頭を押さえて起き上がっていた。
立ちつくす柚香に気づいた杏樹は、泣き疲れてぼうっとした頭でアリスを盗れと柚香に告げた。
いくら泉水や朔那が大丈夫と言って傍にいてくれても、気持ち悪いと思う自分を抱きしめてくれても、アリスがなくなって欲しいと思う気持ちは減らなかった。
柚香が自分の体から石としてアリスを取り出す間、二人共黙ったままだった。
とってもとっても減る気配のない杏樹のアリスに、いつの間にか部屋が埋まるほどのアリスが散らばっていたそれを星屑のようだと称した柚香と杏樹はいつの間にか二人で眠っていた。

柚香が目覚めると、散らばっていたアリス石はなく、見回す柚香の顔に杏樹が投げつけたカバンがヒットする。
アリスを嫌っていた杏樹が、自らのアリスをキレイだと称し、柚香の手にひとつのアリス石を残して吹っ切れたような顔をしていた。

「そういえば、昨日朔那がいたはずなんだけど…」

「いつものことだよ。ふらっと来て、俺が起きる前に帰るんだ」

勝手でしょ、とすこし寂しそうな色を残して杏樹は笑った。
朔那には態度が違うことを指摘すると、杏樹は少し照れたように口を尖らせた。

「朔那は、特別だから」

深く尋ねてもそれ以上の答えをもらうことはなく、柚香は昨日の夜のことをぼんやりと思い出していた。

朔那は柚香にとっても特別で、大切な友人である。1年ほど会えない期間はあったが、事情を知ったあとでも変わらずにいてくれた朔那を嫌う要素はない。
朔那のアリスを見たことは少ないが、噂によると強力であるものの使いこなしている有能な能力者である、と耳にした。しかしそれを驕ることもなく、朔那は周囲に優しく接し、アリスを悪用することもない。

しかし彼女はあの夜、確かに言ったのだ。
自分のアリスは好きかと尋ねた自分に向かって。月明かりに反射して金に光る瞳に恐怖を感じた自分を映して。


『大嫌いだよ』



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