時少。

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『どういうことですか?』

「……久しぶりに会ったというのに、険しい顔だな」

『何故、中等部生の安積柚香が貴方のもとにいるのか説明してください、久遠寺校長』

長期の任務から帰って早々、朔那は初等部校長室でその部屋の主である久遠寺の笑みをたたえている顔を睨みつけていた。

「…説明はこの子から聞くといい」

『月…?』

「おかえりなさい、朔那ちゃん」

任務に出る前と様子が違う月に朔那は眉を潜める。
説明する気がない久遠寺の代わりの月と共に部屋を出ると、自分がいなかったときの事の顛末を聞くと朔那の瞳が見開かれる。

『……"盗みのアリス"…』

「そうよ。それに裏仕事だって…」

『…月、貴女は柚香の友達じゃないの?』

真っ直ぐとこちらを見つめる朔那の曇りのない瞳に思わず体が跳ねる。
いつもは優しい笑みをたたえる瞳は、今日は険しい光を伴っている。

『月』

「う、るさいっ…!なんで、なんで朔那ちゃんもそんなこと言うの!?朔那ちゃんは、朔那ちゃんだけは、私のこと分かってくれるって思ってたのに……!」

『月、落ちつ……!』

錯乱する月の肩を支えようとすると、月の口元が首に触れようとする。
不味い、と思うが早いか、パチンッ……と弾けるような音が響く。

「キャアッ!」

『……月…』

「いま、なにが…」 

強い力で引き離されたかのように、二人は互いに反対方向に倒れた。
月が何が起こったのか分からず痺れる体を起こすと、息を飲んだ。

琥珀色の優しい瞳が、闇夜に光る月のような金色に光っていた。

ぞくりと背筋が凍るようなその色に、月の体は震えが止まらず、声も喉に張りついたかのように出すことが出来なかった。
朔那が自身の体を押さえ込むように抱き締めて顔を俯かせた。
少しして顔をあげると、朔那の瞳はいつもの琥珀色に戻っていた。彼女の周りが反射するように光っていた気もするが、気のせいだったのか今はない。

『……月、私に貴女のアリスは効かない。私には泉水がくれたアリスがある』

「……!行平先生の……」

しゃら、と首に下げた鎖にはオレンジ色のアリスストーンがあった。それは泉水の無効化のアリスの結晶体だった。
では、さっきの弾けるような音はそれが原因だろうか。月は震えの止まった体を支えながら考えていた。

『……月、柚香のことはもう許せないの?あんなに仲がよかったのに…』

「先に裏切ったのはあっちよ!!」

『……月…』

聞く耳をもたない様子の月に、朔那の瞳が悲しげに揺れる。
月も柚香も、朔那にとっては大事な友人である。

『……私は、月も柚香も大切な友達。だからこそ、今は柚香を助けたい』

「……そう…やっぱり朔那ちゃんは裏切るのね…」

『違う…月も大事だよ。だから、月がアリスで友達を作ってるのは悲しい』

月も朔那が本気で自分を裏切っているとは思っていない。だからこそ揺れる。柚香と友人になる前からずっと仲よくしていた朔那を、月は嫌えるはずもなかった。
嫌われていた自分の手を恐れることなく取ってくれた朔那に嫌われることが、本心では何よりも怖いのだ。
悲しげに揺れる朔那の瞳はそれでも逸らされることなく真っ直ぐに向けられている。これ以上その視線を受け止めることができず、月は思わずその場から逃げ出した。
手を伸ばすものの、つかんだのは空気だけだった。





「おっ、いたいた!朔那ー!」

『……泉水、なんでここにいるの?』

太陽を反射する金髪に葉っぱをつけて現れた泉水に、朔那は大きな目をぱちくりとさせて尋ねた。
中等部の敷地に初等部教諭の泉水が来ることは珍しい。
久しぶりに会ったからか、朔那の頭をくしゃくしゃにする泉水にされるがままにしつつ、太陽のような泉水の笑顔に眩しそうに目を細めた。

「どうした?」

『ううん、泉水は変わってなくて嬉しい』

「そっか?そういや、杏樹が会ってないから寂しそうにしてたぞ。そろそろ会ってやってくれ」

『杏樹がアリスの無駄遣いやめたらね』

相変わらずの悪戯に朔那が静かにキレたことから面会謝絶を喰らっている杏樹の落ち込んでいた様子を思い出して泉水は苦笑を溢した。

『それより、泉水……ここにいることは父様知ってるの?』

「………」

『………泉水…』

無言で視線を逸らす泉水に朔那はジト目を向けた。中等部校長は結界のアリスと聞いていて、ここはその人の縄張りのようなものだ。おそらく彼が侵入したことはすでに知られているはずで。
朔那は後始末させられるであろう彼の兄である義父にエールを送った。

「そういや、お前…長期任務から帰ったばっかだろ。怪我は」

『平気だよ。単なる情報収集だったし』

「しっかし、いくらお前が優秀でも1年近く任務ってのはなあ…」

『ん…学園にいられないのは寂しいけど、ほかの子達がやらされるくらいなら我慢するよ』

大丈夫、と気丈に振舞う朔那の頭をぐりぐりとなでていると、女生徒の悲鳴に近い声が耳に飛び込んできた。
彼女たちの視線の先には俯いてトボトボと歩く柚香の姿。朔那にとっても久しぶりに見た姿に駆け出した。

『柚香っ』

「……朔那…?」

『柚香…っ!』

面変りした柚香をぎゅう、と抱きしめた朔那の温かさに手を回そうとした柚香は、目に飛び込んできた人物に瞠目した。

「安積…柚香?」

『あっ、柚香!』

弾けたように朔那の腕の中から駆け出した柚香の姿を追いかけようとした朔那と泉水の後方から、泉水の元教え子が楽しそうに声をかけた。

そのすこし後ろにいる月に目を止めた朔那は泉水の服を思い切り引っ張り、かがんだ耳元で囁いた。

『お願い泉水…月を、柚香をたすけて』

泣きそうな朔那の言葉にどういうことだと聞く前に、朔那は柚香が走り去った方向へと消えてしまった。
「先生」と呼びかけた月の声に振り返ると、月の隣を歩く生徒の首筋にあるアザに気がついた。





柚香を追いかけてきた朔那は息を切らしながら見つからない柚香に焦燥を募らせていた。
もしかして、と初等部の校長室へと急いだ。
曲がり角を曲がる前に、見覚えのある姿が自分の前を通り過ぎていく。
そのあとに教師や月の姿もあった。

『い、泉水…!?』

扉を蹴破った泉水に目を剥く朔那は部屋の中にいる久遠寺校長が柚香の腕を掴んでいることに肌をざわつかせた。
正面から久遠寺に向かい合う泉水は柚香を離せと言い放ち、腰から書類やディスクを取り出し叩きつけた。
それは行平校長の命で久遠寺について調べていたデータだった。
立ち尽くす柚香の腕を引っ張り部屋を出ようとする泉水に、久遠寺は低く唸るように言葉を発する。
それをものともせずに笑顔で立ち去った泉水と柚香に爽快感を感じつつ、久遠寺の不穏な空気にこの先を思いやられると冷や汗を流した。



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