時少。

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『泉水、特力系と特別生徒の担当になったの?』

泉水がアリス学園にきて、2年が経ったころ、泉水が特力系と特別生徒の担当教師になったと一巳から教えてもらった。

「おーよ、朔那。すげーだろ」

『うん』

「朔那はいつになっても可愛いよなー」

「私の娘だ、離せ馬鹿者」

素直に笑って頷く朔那にきゅんときて抱きしめる泉水の頭に、一巳が手近にあったものを投げた。
ジャストヒットした後頭部を抑えて呻く泉水に笑う朔那は、苦笑に似た笑みを見せた。

『泉水…みんなのこと、よく見てあげてね…?』

「あ…?」

「朔那、授業が始まるぞ」

『……はい』

一巳の言葉に渋々頷いた朔那は暗い表情はそのままで、部屋から出た。
泉水が不思議がって一巳に尋ねるものの「すぐにわかる」とはぐらかされてしまった。





高校長の義娘だとは言え、協力なアリスを持つ朔那も特別生徒の一員だ。
当然、朔那にも任務は与えられる。

『あんじゅ…?』

「鳴海・L・杏樹。
強いアリスを保持してるが、まだA組であるため、お守り役だ」

「………」

青い瞳は鋭く朔那を睨みつけている。
金髪に淡い青の瞳はとても美しく、それにフェロモンのアリスとくれば、この任務を与えられるのは認めたくはないが仕方ないことだと思った。
朔那は自分のアリスをほぼコントロールできているため、難しい任務を任される。それでも、行平校長の義娘ということで多少は免除される。
そんな彼女とA組の彼を合同で任務につかせるため、新しく担当教諭になった泉水が二人を顔合わせさせていた。

「なに、おまえ」

『口の利き方から躾ける?』

「……そこはいい」

「杏樹!」

可愛らしい外見に反して、口から出てきた生意気な発言に、朔那は義父である一巳を見上げて尋ねた。
泉水が叱ったことから、口の利き方の躾等は泉水の仕事のようだと考えた。

『朔那です。よろしくね』

「………ふん」

朔那が笑顔で挨拶すると、杏樹はアリスを発動させた。
杏樹の狙いはと対面していた朔那だ。泉水が無効化しようとしても朔那には届かない。
ヤバイ、と思った瞬間、パンッと弾ける音がした。

『可愛い顔して悪戯っ子』

「…な、」

『コレ、どうしようか』

ス、と指を立てたさきにあるのは、ピンク色の靄(もや)。
恐らく、杏樹が放ったフェロモンのアリスだ。

「朔那…今の何だ?」

『泉水のアリスを借りたの』

これ、と首にかけたチェーンにぶら下がるのは、以前泉水からもらったオレンジのアリスストーンだった。
これを発動しつつ朔那自身のマリオネットのアリスで、杏樹のアリスを止めたのだという。

「……マジか」

『泉水のアリスがあれば、誰でも出来ると思うよ』

目の当たりにした朔那の力に泉水は目を大きく見開いたままだ。
優しい性格の朔那が何故特別生徒なのかということに疑問を抱いていた泉水だが、今の力を見せられた後では、納得するしかない。
他人のアリスを意のままに操るなんて初等部生が成せる技ではない。

『杏樹くん。これ、カウンターされたくないなら大人しくしてね』

「…っ!」

若干顔が青ざめているように見えなくもない杏樹に、朔那の躾が完了した。
それ以来、杏樹が朔那に大人しく従うようになったかと言うと、そうでもなかった。
一泡ふかせようと朔那に不意打ちしたりするが、ことごとく返り討ちにされた。
しかも毎回笑顔を浮かべて余裕を見せるので、余計に杏樹をムキにさせる。

「ったく、杏樹もこりねーな……朔那もわりぃ」

『泉水が謝ることじゃないよ。それに杏樹が悔しがるの楽しいし』

「(……やっぱ一兄と親子だ)」

血縁関係はないが、やはり育ての親と似るのだろうか。
ドSのところがよく似ている。
泉水は杏樹に同情を送りたくなった。

『でも、そろそろ来なくなると思う』

「何で?」

『あの子、賢いから。勝てない相手とは戦わないタイプだよね』

「……よく見てんなー」

『泉水ほどじゃないよ』

たった2週間で杏樹の性格を見抜いた朔那に感心した泉水だが、杏樹が戦わないと起きる問題について頭を抱えた。

『アリスの悪用?』

「そ。お偉いさんにも使うから困ってんだ」

『ふーん……構われたがり?』

興味が失せたかのように朔那は雑誌に顔を戻した。
大人が手を焼くほどの行動をばっさりと一言で片付けた朔那に泉水の顔がひきつる。

「って、言ってたぞ」

「あのクソ女……!」

「朔那はクソじゃねーしそれ一兄の前で言ったらボコられるからな、杏樹」

無効化のアリスをもつ泉水には大人しい杏樹は泉水に頭を撫でられるのを大人しく受け入れていた。

「あんま悪さすんじゃねーぞ?」

仕事のために杏樹一人に構っていられない泉水は、杏樹が寂しそうに顔を歪めるのに後ろ髪を引かれる思いで部屋を出る。
頭を悩ませる泉水の前に朔那が歩いてきた。

『泉水、お仕事?』

「朔那?何でここに」

『うん、杏樹はあそこだよね』

「え?あ、おい!」

質問に答える間もなく、もしくは答えは必要ないとでも言うように朔那は泉水が出てきた部屋へと踏み入れた。
いきなり入ってきた朔那に驚いた杏樹は、青い目を丸くして朔那を見つめていた。
そんな杏樹に朔那が笑うと、勘に障ったのか睨み付けた。

「何だよ」

『貴方に呼ばれたから』

「はあ……?」

『ずっと"淋しい"って泣いてるから』

「……お前、何いってんのかわかんねえ」

『うそつき。入りたくもない学園に入らされて、やりたくもない任務をやらせれて、好きでそのアリスをもったんじゃないないのに、そのせいで噂されて、』

「うるさい!!」

朔那の言葉を遮った杏樹は余裕のない瞳で朔那を更に睨み付けた。
毛を逆立てた獣のような雰囲気の杏樹だが、朔那はお構い無しに近づいていく。
杏樹は来るな、近寄るなと叫びながらアリスを使うが、前回同様にアリスを跳ね返され、通じない。
とうとう目の前まできた朔那は抵抗させる間もなく杏樹を抱き締めた。

『大丈夫だよ。私は軽蔑しない。離れない。……あなたの味方だよ』

抱き締められている杏樹が抵抗することはなかった。
ただ、青い瞳から止めどなく涙が溢れていた。
杏樹の涙が止むころ、杏樹は朔那の膝を枕にして眠っていた。

「おおーい……一兄には見せられねえなこれ」

『泉水、お仕事お疲れ様』

「おお。……さんきゅ」

『?』

きょとんとしている朔那の頭をよしよしと撫でながら、泉水は以前朔那が言っていた言葉を思い出した。

「なあ朔那。前に特別生徒のことをよく見ろって言ったのって…」

『泉水なら、みんなのことわかってあげられると思ったの。泉水のアリスは無効化だから、どんな強力なアリスを持った子もただの子供になれる。
この学園には、強力なアリス持ちをただの子供として見る人は少ないから』

琥珀色の瞳を伏せて、膝の上に安らかに寝息を立てる杏樹に視線を落とす。
その瞳が妙に大人びていることに泉水は身動きがとれなくなった。

『泉水が学園に来てくれてよかった。父様も毎日楽しいみたいだし』

「……そうかあ?」

パッと顔をあげた時には、すでにいつもの無邪気な笑顔に戻っていた。

「そういや、もうすぐ卒業式だな」

『うん。でも敷地は一緒だし。今までと変わらないよ。
あ、泉水と会う回数が減るのは寂しいね』

「おっ前マジで可愛いなー」

その言葉がよほど嬉しかったのか、泉水はデレデレと朔那の頭を撫でくりまわした。

「あ、最近小泉と安積が仲がいいんだってな?」

『うん、そうみたい。最近は柚香のほうにべったり』

それで最近柚香が疲れてるみたいだけど…という言葉は胸の奥にしまった。
月の愛情表現は少々と言っていいものか、かなり変わっているようで、トイレを覗いたり知らぬ間にベッドに入り込んだりとされる度に泣きついてくる柚香を思い出して遠い目をした。

『……泉水、卒業しても特別生徒だけじゃなくて他の子達のことも気にかけてね…?』

「あ?…ああ…そりゃもちろん……」

よかった、と笑う朔那に、泉水は今のセリフが以前と似ていることに気づき、動きを止めた。
まるで未来を予見しているかのような言葉に尋ねようとするが、杏樹が起きたようでのそりと起き上がったため、その言葉が音になることはなかった。




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