時少。

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梅雨もそろそろ明けるころ、この学園では初等部と中等部合同のプール開きが行われる。
じめじめとした熱気の中、ひやりと冷たいプールに大はしゃぎする様子は見ていてとても微笑ましい。

「え、朔那ちゃん入らんの!?一緒に遊ぼーおもてたのに」

『んー、暑いから丁度いいとは思うんだけど…最近風邪気味だから遠慮するわ』

唇を尖らせる蜜柑に申し訳なく思い苦笑する。楽しんできてと笑うと、渋々といった風に頷いた。
水を差したようで悪い気もしたが、プールを目前とすればやはりテンションも上がった蜜柑は「泳ぐぞー!」と意気込んで一直線だ。
何かにつまづいてステーン!と勢い良く転んだが。
つまづいた原因は見覚えのあるイモムシ。蛍の発明品。何故こんなところに、と蜜柑が疑問に思っているとお金の落下音に反応した蛍が手を出したところを昴が捉えた。

『…さすがは兄妹。扱い方を心得てる』

何となく感心していると、去年の蛍を思い出して蛍のその行動に納得した。
昴に連れ出された蛍はビート板を持って秀一、昴、静音の三人に囲まれていた。
驚くことに、彼女は泳げないのだそうだ。天才は何でもこなす、という先入観があるのか、蜜柑も他のみんなも随分と驚いている。その様子に照れ隠しからか蛍が睨んでいるが。

『でもまあ…泳げないと言っても浮きはするんだし………え?』

人間が浮くのは肺の中に空気があるからだ。そうそう沈むものではない。それに蛍はビート板を持っているのだし。
ということからせいぜい3Mとは進むだろう、と思って見ていると。
バタ足をした瞬間にブクブクと泡を出す水面に目を疑った。
優等生で元プリンシパルの三人もこれには言葉が出ない様子で顔を引きつらせている。
蜜柑たちが"カナヅチのアリス"だと疑いたくなるのも無理はない。そんなアリスあってもどうにもならないのだが。そんな才能こっちからお断りだ。

「朔那、風邪って大丈夫か?」

『問題ないよ美咲。薬は飲んだし』

「とりあえず朔那。チャックは閉めろ」

美咲の労わりの言葉に返していると、翼が引きつった顔をして囁いてきた。
意味がわからなくて首を傾けていると美咲が無言で水着の上に羽織っているパーカーのチャックを上げる。

『暑い…』

「それでも閉めてろ!どんだけ自覚ねーんだお前は!」

『…?』

何故か怒られた。
訳もわからず言う通りにしていると、日差しも強くなってきたことに気がつき日向にいるのがキツくなってきたために屋根のあるベンチに移動する。

『棗?』

「………」

自分同様、水着に白いシャツを羽織った棗がベンチに座っていた。
体調でも悪いのかと聞いてみても、無言の返答でどうにも様子がおかしい。

『棗?どうかしたの?』

「…それはこっちのセリフだ。何があった」

不意な言葉に不自然に肩が揺れた。
シラを切るにも棗には当然気づかれているだろう。
何でもない、と言い切るにもこちらを見つめる棗の瞳はとても真っ直ぐで、言葉につまる。ふと、車の中で信号を目にした時を思い出した。

『(…何でわかるかなあ……ほんと、嫌になる)』

秀一達にさえもバレていないというのに、何故棗にだけはこうも容易くバレてしまうのかと、内心頭を抱える。

「任務で何かあったのか」

『……んー…任務ではないよ』

ヘラリと笑って答えると、その赤い瞳がきつく細められた。
曖昧な答えだとダメか、とちょっと困る。
それと同時に心配してくれているのだと嬉しくなった。

『大丈夫、無理も無茶もしてないし嘘もついてない。強いていえば…私の問題だよ』

手のひらを見つめて、車中でも考えたことを思い出す。以前より強くなった力。その代償は。
そんなことをここ数日考えていたのだ。
考えても、どうしようもないことがぐるぐると頭を巡って気持ち悪くなる。
切り替えるように太陽に反射する水面に視線を移したときに、流架とはしゃぐ蜜柑が視界に入った。

『そういえば…この間の蜜柑が狙われたって聞いたんだけど…どう思う?』

「………どうせ、あいつの仕業だ」

蜜柑の"盗みのアリス"が噂され、アリスを引き出せれば星階級を上げるというデマに踊らされた中等部生が蜜柑を追い回したと聞いた時は背筋に嫌な汗が伝った。
大丈夫だと蜜柑は気丈に笑うが、初校長が仕組んだとしか思えないこの作戦におぞましさを感じた。
今でも数名は蜜柑に厳しい目を向けているのだ。
それでも…-----。

『きっと大丈夫。蜜柑はまだ笑ってる』

みんなに囲まれて笑顔を浮かべている蜜柑に、小さな不安は吹き飛んだ。
本当に、不思議な子だ。
眺めていると、不意に棗が咳き込んだ。

『棗…?』

風邪とは違うその咳き込み方に、疑問を覚えた朔那が顔を覗き込むとベンチに置いた手を握られた。
口元を抑えたもう片方の手はそのままで、視線は強く朔那を射抜いている。
その様子に、朔那の疑問は確信に変わった。

『あまり無茶はしないでね』

「……お前に言われたかねえ」

『ひどいなあ…』

重なった手はそのままに、棗の下にある朔那の手が淡く緑の光を放つ。その光に棗は気づいてはいないようだった。



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