時少。

□06
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アリス祭三日目。今日は秀一に休みをもらった。
昨日の午後、潜在系であった事故のあと、蛍と少し話をしたという昴が気がかりだったが、本人が大丈夫と言い張るので流架の舞台を見に来ている。
何でも鳴海に主役にさせられたとか。
見に来ないでほしいとは言われたけど、頼み込んだら渋々許可してくれた。

「白雪姫やーっっ!」

「来るなって言っただろーっ!」

何してるんだろう、この子達。
スタッフのみ入れる入口からこっそり覗き込む子達を見て苦笑を浮かべる。

「あっ朔那ちゃん!」

「え、朔那!?」

『あ、白雪姫だ』

私に気づいた流架は、白雪姫のドレスを着ていた。口には出さないけれど、かなり似合ってる。
それにしてもクオリティが高い。

「ルカぴょん可愛いねえ…」

女の子のような流架に和むものの、流架はそれが嫌なようだから表情が暗い。
蜜柑の本物の女の子のようだという言葉にトドメが刺されたのか、どこかへ行ってしまった。

『(あらら…)』

私や棗に見られたということも不機嫌の理由の一つに入っているのだろう。
離れたところに座る流架に近寄った。

『流架、緊張してる?』

「朔那……あまり見ないで」

俯いてしまう流架にやっぱり、と苦笑した。
来ない方がよかったかな、と言えばそれはすぐに否定してくれた。良かった。

『流架は嫌だろうけど、私は流架が主役になって嬉しい。頑張ってね』

話していると流架の表情も明るくなってきた。
本番前ということでそろそろ退散したほうがいいだろうとその場を離れる。
すると「助けて!」という切羽詰ったような声とともに抱きつかれた。

『わ、百合?』

「朔那!お願い、王子役代わって!」

『え?あ、王子役か…』

百合の姿を見てその言葉に納得した。
"女性限定フェロモン"という難儀なアリス
を持ってしまった彼女は無闇やたらと女性にモテてしまう。
いまいち制御できないそのアリスを持て余しているのだ。

『うーん…』

お願い!と切実に頼み込んでくるくれど……それは聞けないお願いであるため丁重に断っておいた。
百合も百合で無理であることは承知の上なので、これは単に甘えられているだけなのだ。

「朔那はフェロモンが効かないから落ち着く…しかも傍にいると他の女の子が寄ってこないし…」

『フェロモンが効かないのはともかく、女の子が寄ってこないのは長年の謎だわ』

私と百合がこう話していても、先ほどまで百合に群がっていた女の子達は遠巻きにこちらを見るだけだ。
泣きつく百合を落ち着かせて椅子に座らせる。そろそろ本番だし、客席に戻る頃だ。
蜜柑たちに話しかけようとすると、緞帳が落ちてきていた。

『上!逃げて!』

いきなり叫んだ私に驚いた皆だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
落ちてくる緞帳の下には、蜜柑たちの他にも小さな男の子がいた。

「下の人、危ないっ!」

止まれ!』

咄嗟に"言霊アリス"を使ったが、重力に従って落ちてくるそれは予想外に重く、アリスが跳ね返され、緞帳はそのまま落下する。

『わっ!?』

誰かに引っ張られた腕。
その掴んでいる先を見ると、鳴海が私の腕をつかんでいた。

「大丈夫!?」

『私は平気だけど、皆は?』

「何これ!?ひっついてとれなーい!」

「…大丈夫じゃなさそうだね…」

舞台を見てみると、悲惨な状態。
緞帳が照明にあたってしまい、落ちてきた照明の熱と、心読み君が持っていたくっつき玉が合わさって爆発してしまったようだ。
直接舞台とくっついた者、小物・小道具とくっついた者など様々だが、どうやら"くっつき玉"の餌食になったようだ。

「ウソだろ…セットや裏方どころか王子役と女王役、狩人役まで"ひっつき玉"の餌食…っ」

「しかも一時間は威力が消えないなんて…」

「ご、ごめんなさい!」

「いや……別にアンタらを責めてるわけじゃないから。たまたまひっつき玉がこっちの事故と重なっちゃって不運だっただけで…………」

「でも、まぁ、全く責任がないわけでもないし、色々手伝ってはもらうとは思うけどね?」

「は、はい〜〜〜…」

『はあ…』

こんなことなら早々に帰らせればよかった…と後悔しても仕方がない。
私に関わりはないが、そうも言っていられないようだ。このままだと幕が上がらない。

『劇はどうするの?出来ることなら手伝うけど』

「わ、本当?それは助かるなぁ。
仕方ないけど、代役を立てるしかないか……」

「え、でも誰が…」

「こんなこともあろうかと思って一応用意しといたんだよねー。
あ、僕、狩人役やりますんで、副担先生、女王やってくださいね」

フー、とわざとらしい溜息をつきながらオリジナルデザインの衣装を用意する鳴海。
準備万端すぎる様子にちょっと引いた。

『セットも使えないのがあるけど…』

「あー…脚本も直さないとね」

「先生っ、七人の小人役の子がその…日向君と手がくっついちゃってて…」

「えっ、うそ!?」

振り返ると、棗と小さな男の子がくっつき玉で手がくっついていた。
あの男の子は緞帳のちょうど下にいた子だ。棗が助けたのだろうか。

「…なんだよ」

『別に?』

「………」

私が棗を見ていたのに気付いて、棗が軽く睨んできた。
それに笑って返すと無言で更に睨まれてしまった。
小人役は初等部低学年の役で、もう代役はいないようだ。
そのことに鳴海はくっついて離れない手を凝視して真面目な顔で面白そうなことを呟いた。

「いっその事、棗くんを"小人と仲良しの森の動物さん"役として一緒に舞台に出しちゃうって手もありかな……」

「ふざけんな、テメェ。ぶっとばすぞ」

「えー、いーじゃん、やろうよー!人助けだと思って!」

「何で俺がテメェを助けなきゃなんねーんだよ、ボケっ!
お前は笑ってんじゃねーよ」

『ご、ごめん。でも…ッ』

鳴海の動物役という言葉に想像してしまって震えてた私に気付き、棗が私を睨むものの、震えが止まらない。

『ふふっ、可愛いと思うけど…』

「やらねえ」

もったいない…という小さな呟きも逃さず睨む棗に、素直に謝罪した。
怒らせると棗は怖い。
しかし、鳴海が役の人数を変更するって言った時に、男の子が暗い顔をするの、棗が見逃さないわけがない。
しょんぼりと顔をうつむかせてしまった男の子に目線を合わせるように膝を曲げた。

『大丈夫、お兄ちゃんが何とかしてくれるから。ね』

「………」

棗を見上げると、仕方ないとでも言うように息を吐いた。
劇の開演時刻を遅らせることができても最大30分。
それまでは時間の勝負である。
朔那も手伝い、ある程度セットも役もどうにかなりつつある時、正田の声が響いた。

「わーっ!なにその格好、山猫やー!」

朔那が声がした方を見ると、棗が男の子と手を繋いで猫の姿をして歩いてきた。
さっきお願いした衣装係の子が簡単衣装を作ったというが、即興とは思えない出来栄えだった。
凶暴極まりない棗が猫の可愛らしい恰好をしているということに、周囲は可愛いと言いたいが棗の殺気がそれを許さない。
蜜柑が空気を読まずに可愛いを連発しながら猫耳をペタペタ触っていると、とうとう棗がキレてしまった。

「男に可愛いとか言ってんじゃねえ、ブス」

『棗、かわいー』

棗の言葉を聞いていなかったかのように、朔那が笑顔で言う。
その場の空気が固まったが、腕で棗の首を絞めていた棗は朔那の顔を一瞥しただけで何もしなかった。
それに対して蜜柑が抗議の声をあげるが、無言で首に回した腕の力を強くした。

セットも整え、あとは王子役をどうするか出番のことで話し合っていた。
百合の出演をラストのみにすることで、何とか間に合うのでないかと。
しかし、百合は王子役として出ることがどうしても嫌みたいだが、劇の目玉とも言える百合を引っ込めるのは痛い。

「朔那!お願い、貴女なら出来るわよね!?」

『え、私?』

あろうことか、さっき話がついたとおもった私に代役を頼んできた。
そんなに嫌なのか、と同情してしまうものの、私だって王子役は無理だ、ていうか嫌だ。
その問答を見ていた棗がとうとうキレた。

「おい水玉。お前王子役やれ」

水玉という単語より、"王子役"の発言の方が蜜柑は驚いたようだ。
首を絞めていた蜜柑を鳴海に差し出すようにして首根っこを掴む棗。

「ちょ、あんた何言って…」

「てめーは俺の奴隷じゃなかったのか?」

棗の言う通り、まだRPGの時の命令事は2つ残っている。
それには蜜柑も反論できない。

「さっさとやることやって幕上げろ。
てめぇらいつまで無駄に俺にこの衣装着せるつもりだ」

棗の後ろには彼のアリスで作ったのではないかと思うぐらいの地獄の炎が見えた。
どうやら自分が着ている猫の衣装と周りの行動、反応にイラつきが最高潮に達したらしい。
そんな棗に逆らえる者がいるはずもなく、その場にいる全員の心がひとつになった瞬間であった。
しかし、そんな中で笑っている人物が一人。

『…可愛いのにな、あの衣装』

笑みを零しながら呟く朔那に、周りの人たちが仰天していることを知るはずもない。
棗の脅しや、百合のフェロモン浴びちゃった女の子達の押しもあり…蜜柑、王子役決定。





ハプニングの中、30分遅れの開幕。
人間だけでなく、動物もいるというなんとも奇妙な空間に、ようやくの開幕のアナウンスがなった。

『…やっと開幕…大丈夫かな…』

朔那が横を見ると、蜜柑が衣裳係に着つけられた王子役の衣装の準備を終え、皆にお披露目しているところだった。

「おー、似合ってる似合ってる」

「う゛ーこんな王子様でお客さん納得してくれるやろか…」

髪を下ろして落ち着かない蜜柑は流架に近づく。
感想を求める蜜柑に流架は顔を赤くした。
素直に感想を言えない流架に周りは暖かく見守っていた。
それはもちろん、朔那も例外ではなく、微笑ましく笑っていた。

『蜜柑、ちゃんと似合ってるから大丈夫よ』

「…ウチより朔那ちゃんが王子役やったらええのに…絶対ウチより似合うと思うんやけど……」

『一応褒め言葉として受け取っておくわ』

遠まわしにやらないと言っている朔那に蜜柑は肩を落とした。

「朔那って何年か前に助っ人で王子役やったよな?」

「うん、やった。あの時は好評でよかったんだけど」

(悩殺者が多すぎて出すのが禁止になったんだよな……)と昔を思い出して遠い目をした皆さんは置いておいて、開幕となった。



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修正:2013/12/31

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