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□藤の花は夢に咲く。
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ふと、目が覚めた。いや、覚めたというより気が付いたと言ったほうが正しいのか。
布団の中にいたはずなのに宙に浮いてるような感覚だ。辺りは一面白だった。何もない。
「夢…かなあ…?」
どう考えても現実ではない光景に、ヒカルは頬を掻きながら小さく呟いた。
夢で意識があるなんて妙な感じがする。いつになったら目が覚めるんだろう。
思案していたオレの耳に聞こえてきたのは、会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、あいたくて。
「ヒカル」
「…っ!さ、い……佐為…!」
記憶の中のあいつと、寸分違わぬ姿で佐為がいた。
「なんで…」
「私にもよく……きっと神の贈り物でしょう。ヒカル……会いたかった…」
おいで、と手招きする佐為に思い切り抱きついた。ボロボロと頬を伝う滴を、オレとは似つかない綺麗で白い手がすくった。
夢でもなんでもいい…佐為にまた会えた。それだけがとても嬉しい。
このまま、ずっと……-----髪をなでる佐為の手のぬくもりを感じていたが、行き来する佐為の手が止まったことに顔を上げる。
「佐為…?」
「ヒカル…そろそろ時間のようですね」
佐為の姿が溶けるようにして薄くなってきていることに気が付いた。頭に置かれた温もりもなくなってくる。
反射的に、佐為を逃がさないようにして身体を抱きしめていた。
「いやだ…!!また会えたのに…っ!」
「ヒカル…これは夢です。生きているあなたは眠りから覚めなければいけない」
「なら…っ、」
「ヒカル」
困らせないで、と哀しそうに笑う佐為に、言いかけた言葉を飲み込み、気を抜けば零れそうな涙を耐える。
覚めれば、もう会えないかもしれない。
「また、会えるのか?」
「ヒカルが望めば、きっと」
耐えきれなかった涙が静かに頬を伝って足元に落ちたと同時に佐為は消え、俺は現実へと戻った。
辺りを見回せば馴染み深い自分の部屋。やはりあれは夢だったのだと思い知らされた。
「…っ、佐為……!!」
起きてもなお、涙は流れてシーツに染みをつくった。
「おい進藤、大丈夫かよ?」
「…ん」
「目の隈がひどいな…ちゃんと眠れてるのか?」
「一応…10時には布団なんだけど」
「早っ!小学生かよ!」
和田と伊角さんが心配そうにオレの顔を覗き込む。そんなに酷いのか、と重たくなってくる瞼をこすると和田の呆れた声が聞こえた。
見えなくてもわかる。きっとバカだろうとでも思ってる顔をしているに違いない。
だけどそんなことに構ってる暇なんかない。今でさえ、布団で寝ていたいほど時間が惜しいのに。
「とにかくっ!明日からは大事な手合いがあるんだから、寝不足でくんなよ!」
「わかってるよ」
オレだって、寝不足になるつもりなんかなかったんだ。
「(だって全部こいつの所為だ、なんて言えねえし)」
「なんですか?ヒカル」
「……別に、なんでもねえよ。それより手、休めんなよな」
「はいはい」
止まっていた手が再度頭を往復する。
下から見上げる佐為の笑顔はいつだって変わらずだ。
あの日、佐為に夢で会った日の夜。期待なんか、していなかったと言えば嘘になる。だけど少しだけ、普段は信じない神様にお願いしたんだ。
もう一度……会わせてくれって。
願いをかなえてくれた神様には感謝だ。今度お参りにでも行くか。
ぼうっとして考えていると、佐為が顔を覗き込むようにして見下ろしてきた。
「またぼうっとしてますよ、ヒカル」
「ああ……神様っていんのかなー、って」
「いますよ、きっと。私とヒカルがこうして会えたのも、神のおかげです」
お前がそういうなら、きっとそうなんだろう。
何でもよかった。神様でも、魔王でも、天使でも、悪魔でも。佐為に会えたなら、何でもいい。
「ヒカル、眠いんですか?」
「んー…」
ここは夢の中なのに、眠くなるなんて変だ。
だけど誰かが言っていた。夢を見ている間は脳は眠ってはいないんだって。
だからいつも寝不足になるんだろう。
まあ、どうでもいいことだけど。
頭を優しく撫でる佐為の手に重くなる瞼に逆らわず目を閉じると、溶けるように意識が途切れた。
ポツリと頬に何かが零れた気がしたけど、夢の中に雨なんて降るわけがないし気のせいにした。
「おやすみ……佐為…」
藤の花は夢に咲く。
(目が覚めると、あいつの姿はなかった)