夏色

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『(お…、叶の目つきが変わってる)』
「狭霧君、今の見た?」
『はい、随分落ちましたね』



大きくスイングして田島が空振った。
くるくるとバットを回す田島に百枝がサインを送るが、田島は見ていない。



「サイン確認!こっち向け!」
『(視線は叶から離れない、か。いい集中力だ)』



サインを無視するのはいただけないが、仕方ないだろう。
二球目も空ぶったが、今度は距離を図ったような振り方。きっと勝負は次。
獲物を狙うような目をしている田島に背筋が泡立つ。



『(本当に…あいつは面白いな)』



ニヤけそうになる顔を手で隠す。そうでもないと抑えられないのだ。
やはり実力のある元ボーイズ四番は一味違う。
現に、チェンジアップで遅くなったボールを振りに出た態勢なのにヒットさせた。
ライトがボールを取って一点が入った。
セカンドは確か肩が弱かった。泉がそう判断したのか沖をホームへ向かわせたが、残念ながらアウト。
田島では1点しか入らなかった。

ベンチに戻るのかと思った田島は座り込む三橋のところへ。
四番なのに1点しか入らなかったと言う田島は全力で投げている三橋にベンチに一緒に帰るように言った。



『(田島って案外空気読むな…)』



田島みたいなタイプだと何も考えずに戻ろうぜ!とかいうと思ったが、結果を提示して説得するというのは効果抜群だ。
それに、どうせ2点3点入れても、「守ってやるからベンチ戻ろうぜ!」とかいうんだろうなあ。



『さて、と…花井か。
(ここらでもう一点ほしいな…)』



一点を取ったとはいえ流れは微妙なところ。もう一点取って完全に流れをつかみたい。
監督のサインはない、ってことは完全に花井次第ってことか。
まあ…何がどうくるか、どう打てるかってのは打者が一番分かるし…お手並み拝見といこうか。



「(な、なんか視線が冷たい…!)」



蜜弥の細められた観察眼の視線に花井はぶるりと身体を震わせた。
見られている、というより視られている。
機械で全身を探られているような感覚だ。

振りかぶった叶に対してバントの構えで前に転がした花井に阿部が走る。
転がったボールは叶が取ってファーストに送ろうとするが、走らされていた疲れが膝に来たのか足がすべってセーフとなり、逆転した。



『叶を走らせといて正解でしたね。いいところで滑った』
「うんうん!花井君も硬球を怖がらずにバントしたしね!」



満足げな百枝を一瞥して内心笑った。
表情が顔に出やすい。
ふと顔をあげた蜜弥は組んでいた腕と足を解きおもむろに立ち上がった。



「あれ、動かなくなっちゃった」
『余計な体力を使ってないでさっさと来い』
「っっ」



田島に半ば引きずられる形でベンチまでやってきた三橋はもうすぐそこという位置で完全に動かなくなった。
その左腕を蜜弥は呆れた様子で引っ張りベンチに連れ込んだ。



「あ!復活した!何だよもー心配したじゃんかあ!オレがフライ落としたせいだって思ったぞ!」
『水谷、それについては後でじっくりと話し合うぞ』
「ッヒ!」



ガシッと肩を掴まれ怯える水谷に西広は苦笑しか出なかった。
「がんばれよ」「水分とれよ」と声をかけ帽子をかぶせ、コップを差し出す仲間たちに三橋も随分と落ち着いたようだった。



『……はあ…』
「溜息は自重してね」
『ああ、はい。でも…こんだけ手のかかるバッテリーは初めてですよ』
「はは、そうだね」
『でもまあ…大丈夫そうですね』



今までで一番柔らかい声に、百枝は蜜弥を顧みた。その視線はマウンドに立つ三橋、そして阿部に向かっていて、見守るようにして細められていた。
ペンを握り、試合中持っていたノートに書き込むと傍らに置いた。



「ずっと書いてたけど、何を書いてるの?」
『………秘密です』



ノートをじっと見たあと、意地悪く笑う蜜弥に問い詰めたいと思ったが、その笑顔がそれをさせない。



「(侮れないわ…)」



高一の子供に言いくるめられた百枝は試合に視線を戻した。

織田でストライクを取り試合終了。
三橋の顔は晴れ晴れとしていた。





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