夏色

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『ん…?』



三星のバッターは投手の叶。
投手だからとは言わないが、大抵のチームでは体力温存、怪我防止のためにも投手に無理はさせないはずだ。だから叶にはとても違和感を感じた。



『力、入ってますね。相手』
「分かるの?」
『少しなら。これでもトレーニングコーチでしたから、体の力の入れ具合はわかります』
「(さすが…!)」



16歳の高校生が身に着けるスキルではないが、それを当たり前のように使っている蜜弥に百枝は身震いがした。

カンッ、と音がした。叶が打ったらしいが、考えていたコースとは違ったのか体制を崩したまま打ち、一塁へとヘッドスライディングで突っ込んだ。



『(叶だけ、やけに力が入ってるように見える……)』



顎に指を当てて思考を深めるものの、答えはすぐに見つかった。
叶だけが力が入っているのではないのだ。勿論、叶自身も力を入れているのだが、周りのチームメイトが力を抜きすぎなのだ。



『叶は三橋を認めてる、ってことか』



同じ投手同士、わかるところがあったのだろうか。
ベンチにいる三橋に声をかけると、肩を跳ねさせて目を忙しなく彷徨わせたがお構いなしに言葉を続ける。



『三星での練習はいつも三橋がやってたのか?』
「う、うん……でも、オレ…打たれてばかりで…」
『ふーん……それでか』
「何が?」
『三星の三橋に対する過小評価の原因』



沖が不思議に聞いてくるので答えたが、聞き返してくる前に田島のヒット。
叶の左側をきれいに抜け、ホームに戻ってくると同時に西浦に一点が入った。



「うおおお、とったああ!」



ナイバッチー!と掛け声にガッツポーズで応える田島。
荒シー四番の名は伊達ではないようだ。

花井がフォークを空振るが、捕手の取りこぼしにコーチャーが走れと指示を送る。
田島がサードまできたおかげで打てば二点目が入る可能性が高くなった。
カンッと上がった球。ホームに戻ってくる可能性が大きいが田島にとっては十分な飛距離のようだ。
ホームを踏んだと同時に畠にボールが帰ってくるが、畠のいる場所はホームより離れた場所。つまり、二点目が入った。



『(二点目……そろそろ焦ってもいいころなんがなあ…)
どれだけナメてるんだか……』



怒気がこもった声色に、聴こえてしまった百枝や西広は肩を震わせる。
叶の連続フォアボールでタイムを取りマウンドで集まる。
一見喧嘩しているように見えたが、円陣を組んで声を出していることで仲間割れはせずに済んだようだった。



『監督、三星のやつら少し変わるかもしれません』
「なんで?」
『円陣で士気が高まった。ようやく本気を出すようですよ』



ニッと口角を上げてご機嫌な様子の蜜弥に百枝の背筋が粟立つ。
武者震いでもなんでもない。目の前の威圧のような感覚に体が無意識に震えた。
攻守交替で、もう一度三橋の三人連続ストライクで交替。5回表では水谷がセカンドゴロを出したが三橋と栄口の三振で交替。
5回裏で三星の攻撃となる。



『(三星の叶…ガス抜きできたのか。惜しいな。次は4番の織田。いい体格に野球センスもある…が)
打席でもの考えてて当たるかよ』



フン、と軽く鼻で笑った。
織田は悔しそうな顔をしてベンチへと戻った。
向こうの監督の表情は、どうなってるのか分からないという顔で腕を組んでいる。
何故打てないのか、それが分からなければ打つための方法も見つからない。

西浦の攻撃となり、沖の三振、阿部が一塁を埋めて田島がバッターボックスに立つと捕手が立ち上がり敬遠。



「(ランナー一塁で敬遠!狭霧君の言った通り、三星は本気になってる!)」
『(さて、今更本気になってどうなるか。見物だな)』



最初から本気のチームと中盤で本気になったチーム。つい油断しそうになるが勝負は終わるまで分からない。
中盤というところでようやく本気を見せる三星にとっては助かったというところだろうか。


6回の裏で三振、セカンドゴロ、ピッチャーゴロで交代し、7回表の三星の攻撃で出塁者はでなかった。



「あ、あのさ…狭霧…」
『何だ』
「さっき沖に言ってた、"三橋に対する過小評価の原因"って何…?」



7回裏。
調子よく放っている三橋を見ていると西広が恐る恐ると尋ねてきた。……なんでそんな怖がる?



『一言でいえば、偏見だ』
「偏見?」
『ああ。三星でのバッテリーは三橋と今の正捕手の畠。でも畠は残念で阿呆なことに三橋を認めてなくて"叶のほうがいい選手だ"と思い込んでる。
思い込みっていうのは視野と思考を狭めるだけ。現実を見ようとはしなくなるんだよ』



さらりと毒を混ぜた説明に西広はついきょどってしまった。聞き耳を立てている百枝も何も言わないが驚いているようだ。



『正捕手の相手は余程のことでもない限り、試合に出される投手だからな。練習時間で畠と叶のバッテリーでの練習時間はとられなかったんだろう。三橋を認めてないなら叶と組むだろうしな。
本気の野球での短い練習時間っていう集中力は凄まじい。そのボールを受けている畠が、ろくに練習をしないで三橋のボールを認めてるわけないだろ』



吐き捨てるように言う蜜弥の言葉が出るたびに、狭霧の眉間にしわが寄って険しい顔つきになっていく。



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