夏色

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これがデビュー戦。
西浦にとっても、三橋にとっても。

たかが練習試合、されど練習試合。

"一試合ごとに魂を入れてやれば、怖いものなんて何もない!"



『(……駄目だ、前のことだいぶ引きずってるな、俺…。女々しいなあ、おい)』



怖いものなんて何もない。

勝利至上主義だったシニアでの合言葉のようなもの。
そう思って、思わされることで、試合を勝ってきたようなものだった。
だけどそれは脆い信念。少しのことで打ち砕かれた。



『(信念に裏付けされる自信がなければ、何の意味もなかった)』



だから…-----



「狭霧君っ!」
『、あ…はい』
「大丈夫?どうかした?」
『…いえ、なんでもありません。すみません』



いけない、今は試合中だ。
目の前のことに集中できなくて何がコーチだ。



『三橋、行けるか?』
「あ、…う、んっ」
『安心しろ。同じマウンドには立てないが、後ろにみんながいる事を忘れるなよ』



投手は孤独だ。加えてデリケート。
捕手にとってこれほど面倒なものはないだろうが、捕手が理解してやらなかったら誰が理解するんだという話だ。



『阿部!ちゃんとしろよ』
「誰に言ってんだ」
『お前のデータは通用するから。頼りにしてる』
「は、あっ!?」
『じゃ、がんばれ』



顔を赤く染めてうろたえる阿部を残し、蜜弥はベンチの中へと戻った。
戻ると百枝がニヤニヤと笑みを浮かべており、それに首をかしげる。



「罪つくりだねえ」
『は?』
「(…あれ、無自覚ときたか)」



バッターの名前を告げるアナウンスが千代の声というのは何だか不思議な気分だ。
さて、一番バッターは栄口。上手くサード前に転がせるといいが。
心配は杞憂に終わった。栄口はサードの位置を確認してうまく転がした。だが要予想外だったのはそれをサードではなく投手がとったこと。



『………』
「このピッチャーって三橋のせいでマウンド登れなかった人?」
「試合慣れしてないはずなのに、落ち着いたもんだなあ」
『(落ち着いてる…か。確かに……)』



二番に沖、三番に阿部が入ったが一回表はランナーなしで交代。
次はこちらの守備。今回の要、三橋に目を向けるとキャッチャーのマスクなどを持って阿部を手伝っていた。……ということにしておこうか。



『(隠れてるな、あれは…)』
「狭霧君、どう見る?」
『あの二人に関しては今からかと。どっちにしろこの試合で変わることは間違いありません。
三星の投手に関してなら今のところ特に。ただあのフォークは慣れるまで時間がかかると思います』



一を聞いて十を知る。まさにそれだ。
百枝からしてみれば、どっちを答えても後でもう片方を尋ねるつもりだったので助かると言えば助かる。
しかし自分の考えを読まれているような気がして背中にヒヤリと感じた。



「狭霧君は、この試合どう見る?」
『………』
「?…、っ」



答えが返ってこない蜜弥の顔を覗き込むと百枝が息を呑んだのが伝わった。
普段は表情が感じられない蜜弥が、今は笑っているのだ。それも、楽しみで仕方がないとでもいうように。



「(愚問だったか。楽しみねえ、これは)」



言葉はなくとも顔でわかる。百枝は息を吐いてから腕を組んだ。
その時、百枝の頭の隅では無意識に考えるのを止めた。

""どうして自分は会ったばかりの彼をここまで信用しているのだろう""

考えてもわからない、考えるべきではないと無意識に感じ取っていたのだ。



『(三星の宮川…三橋に対する意識が変わったな……阿部はいい読みをする)』



こちらも向こうも互いに投手の力量を知っている。だが三星が知っているのは中学時代の三橋だ。高校に来てからの三橋は知らない。それなら三橋に対する意識を変えてその裏をかけばいい。
そこを阿部はよく分かっている。



《二回の表、西浦高校の攻撃は、四番サード田島君》
「はーいっ!」
『小学生か…』



元気あふれる田島の返事に思わず呆れて声が漏れた。しかし彼の野球センスは蜜弥も認めているため、じっくりと金色の瞳で見定めるようにして田島を見つめる。



『………あいつ…』



実力を見ようとしたものの、田島の行動に呆れ果てた。二球のストレートはいい球で、田島なら打とうと思えば打てたはず。それなのに手を出さなかった。
ここまで考えて、蜜弥は額を押さえた。



『フォーク、待ってますね』
「うん、そうね。だけど田島君の立ち位置じゃ…」
『(後ろに立ちすぎ……いや)
なるほど、ね……さすがは荒・シー元四番』



田島の考えに感心し、口角を釣り上げた。
三星の投手、叶がボールを投げた瞬間に田島がステップしたことに蜜弥を除いた全員が目を見開いた。
キン、と金属音を鳴らして高々に上がったボール。試合前に打てない球はないと豪語していた田島の言葉は嘘ではなかったということだ。
ベンチではナイバッチと叫ぶ部員に震えている百枝は"チーム"が出来上がっていくことを肌で感じていた。
その横で、蜜弥は衝動からくる笑みを抑えていた。



『(ツーベース……田島は本物か。……あー、ヤベ)』



一打席目にして叶のフォークを見切った田島に身体が疼いて仕方がない。
将来性が見えるやつにウズウズするのは自分の悪癖だと、彼は知っていた。



『(さて、次は花井。こいつも見込みはある。監督はどう指示を出すか…)』



横目でサインを出す百枝を確認すると、打ってもいいと指示していたのに花井が頷いたことも目で確認し、蜜弥は持っていたノートに何かを書き込んだ。



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