夏色
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ケータイのアドレス帳。
そこに記載されている名前を選び、コールボタンを押すため親指を移動させるが、あと一歩というところで止まる。
すると急に鳴り響いた手に持つそれ。
びっくりして肩が跳ね、親指がコールボタンをかすり、通知状態のまま思わず落としてしまった。
『…もしもし』
《何焦ってんだよ、落としただろ》
『…うっせーな…何だよ』
機械越しに聞こえる声は、かけようか迷っていた人物。
久しぶりに聞くその声に、安心すると同時に緊張する。
《いやー…大した用はない。何か…声が聞きたくて…》
『そーゆうのは可愛い彼女に言えよ』
《愛海とは今でも愛し合ってっからいいんだよ!!》
『あーうっぜ、死ねばいいのに』
《ちょ、酷すぎねえ!?》
どこが。惚気は余所でやれ。
呆れると同時に変わらないことに酷く安堵した。
『………』
《……えーと…》
『………用は、』
《え、…と…いや、マジでない。本当に、電話かけたくなっただけ》
『…そうか…じゃあ、な…』
《ぁ…おお、》
お互い、やっぱり気まずいんだろ。
あいつも…気丈に振る舞ってるだけで、声にいつもの覇気がない。
それは俺のせいだから……俺が変わらないと意味がない。
ケータイを閉じて台所に行こうとしていた足を再度進める。
目の端に、二つの人影が映った。
……監督と、阿部だ。
手を取り合って…監督が一方的に掴んでるのか?阿部の顔真っ赤だし。
『不純異性交遊…』
「っ!?おま…狭霧?!つかちげーよっ!」
『冗談だ。まぁ端から見れば見えるから気をつけろよ』
「あ…ああ…狭霧、捕手…やってたんだよな?」
『控えだがな。それが?』
阿部が何か聞きたそうに目線を泳がせている。本来なら自分から尋ねるが、今回は別。多分三橋に関することだし。
これは阿部が解決しなきゃならない壁だ。バッテリーを組むために必要な。
「お前なら、三橋になんて言うんだ?」
『俺から聞いた言葉をそのまま言っても無駄だぞ。三橋みたいなタイプは自分の言葉じゃないと届かない』
そう言うと、ぐっと押し黙る阿部。
俺が言った言葉は図星だったようだ。
しょうがない奴。
『…監督から、何か言われたんだろ?対人関係に関しては、お前は悩むよりも行動した方が正解だと思うがな』
阿部って友達いなさそうだし。
すると明らかに青筋を立てる阿部。
しまったこちらも図星かすまないな。
てめー謝る気ねえだろ!?
嫌いだと思っていた阿部とこんな風に言い合うとは思ってもみなかった。
阿部の表情は、さっきよりも幾分か明るく、それでもまだ悩んでいるようだったが、ここからはこいつがどうにかしないとならない。
だから、俺の役目は終わりだ。
『早く寝ろよ、明日から本格的に練習始まるんだからな』
「あ、ああ…」
その場に突っ立ったままの阿部を背に、台所へと向かいコップに水を入れ、一気に飲み干す。
乾いた喉にが潤って少し気分が落ち着いた。
『…らしくねえ…』
久しぶりに声を聞いたからか、環境が違うせいか、いや、そもそも俺らしさってなんだ、ああわかんねえ寝るか。
自分の内のもやもやを未消化のまま、俺は布団に潜り込んだ。
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