夏色

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「狭霧ー!」
『……水谷?』
「はよー、歩き?」
『ああ、家が近いから』



今日からゴールデン・ウィークに突入。
それと同時に野球部は合宿に行く。今はその移動のためにバスがある集合場所まで行く途中。家が近い俺には荷物を持って歩きだ。



「ふーん、乗ってく?」
『……いや、いいよ』
「何だよー、遠慮すんなって!」
『いや、だから…っておい』



荷物を取られて水谷がハイ、と後ろを示す。乗れということだろう。
だが重い荷物二つと高校生男子が二人というのは、危ないと思う。



『分かった、荷物だけ頼む。俺は走るから。二人乗りして監督に怒られるのは嫌だ』
「あー……分かった」



それを想像したのだろう、顔を青くしていた。水谷がペダルを漕ぐと同時に、足を大きく踏み出した。






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「はよー!」
「うーす」
「おはよー水谷ー」
「っは、はよ…栄口ー…」
「え、何、どうしたの」
『栄口君、おはよう』
「っ、狭霧足早すぎ!自転車より早いって何!オレ全力で扱いでたのになんでそんなにケロッとしてんの!?」
『体力の差』



確かに息も絶え絶えな水谷とは対照的に、蜜弥は肩で息もしてない。少し息を乱す程度である。
体力の差と言われればそれまでなのだが、なんだか納得のいかない水谷であった。



『だからいいって言ったのに…』
「そういう意味だったの!?」



分かるか!とツッコミたいのであろう。
監督の集合と言う声で、バスに乗り込みいざ合宿地。



「やっべえオナニーすんの忘れた!」
《はあ!?》
『………(無視だ無視)』



しばらく走っていると、田島が立ち上がって叫んだ、が、その内容は所謂下ネタ。
急いで周りにいる部員達が田島を抑え込んだ。それと同時か、前に座っていた千代が後ろを振り返った。



「え、何か忘れ物?」
「大丈夫!」
「買えるものなら今のうちに…」
「何でもないから!」
『………(阿呆め)』



慌てる泉や水谷、栄口の三人がかりで誤魔化そうとするが、千代はでも…と引きそうにない。
それを近くで座って見ていた蜜弥が溜息をつき立ち上がった。



『千代、危ないから座ってろ』
「え、でも…」
『あっちは俺が行くから』
「う…うん。ありがとう」



何とか納得させて座らせた。
それに内心ホッとしつつ、田島達の所へとゆっくりとした歩調で歩んでいく。



「おまっ、女子いんだから気をつけろよ!」
「そんなこと言っても一週間もしなかったらチンコ破裂すr…」
『一回死ね』



ぐしゃり、と何かが田島に押し付けられた。見てみると蜜弥が持って田島の顔に押し付けているものは、大きめの保冷剤だった。



「〜〜〜〜っ●×▽□○!!!!!」
「ちょちょ、狭霧!」
「田島死ぬ!マジで死ぬから!」
『本気でやってるからな』
「ストップストップッッ!」



冷たさ…否冷たいを通り越して痛さからか、バタバタと暴れる田島だが手を離すつもりなど微塵もなさそうな蜜弥。
周りが本気で止め出したので仕方なく、

仕方なく

離してやった。



「いってえ!冷たいけど逆にいてえ!」
『自業自得、因果応報』
「何だよ、狭霧にはやってねえじゃんか!」
『千代に迷惑だ』



もう一発オマケにしてやろうか?と田島の額に中指を持っていき、思い切り弾いた。
バシッと明らかに痛そうな音が聞こえ、見ていた者は悶えている田島に合掌した。



「そーいや狭霧と篠岡ってどういう関係?名前で呼んでっけど」
「あ、俺も気になってた」
『単なる幼馴染、それだけだけど?』



何か問題でも?と腕を組んだ。
蜜弥は現在立っており、他は全員座っている。なので必然的に見下ろす結果になるのだが、なんだか威圧感が凄い。



「い、いえ…」
「問題ありません…!」



変な汗を掻きながらそう告げた誰かの声を聞くと、踵を返して自分の席へと戻って行った。途中、志賀に三橋が車酔いしていて気分が悪そうだ、と伝えて。


イヤホンを耳につけて窓の外に広がる自然を眺める。聞いているのは英語のみの洋楽。
日本語でごちゃごちゃ歌われるよりも、ただ聞き流せるこちらの方が楽という理由で好んで聴いている。



『……ねむ…(昨日も寝るの遅かったからなぁ…)』



鞄から黒のアイマスクを取り出しつける。
腕を軽く組んだまま睡眠に入った。



「あれ、狭霧寝てんの?」
「え、マジで?」
「うわマジだ」



泉が篠岡と少し話した後、ふと蜜弥の方を見ると、アイマスクとイヤホンを装着したまま寝ていると思われる蜜弥。

泉が呟けば、田島や水谷を筆頭に珍しい物でも見るかのように覗きこんだ。



「何聞いてるんだろ…」
「んー…うわ、英語!英語ばっか!」
「え、洋楽か!?」
「すげー…」
「あっ、」



イヤホンをゆっくりと外して聞いていると、イヤホンのコードとアイマスクのゴムがからまっていたのか、アイマスクがはらりと取れ、露わになる蜜弥の寝顔。



「わ…っ」
「……キレーな顔してんね…」



少し横に傾いたその顔は、日にさらされる野球児のようではないように白く、金色の瞳が隠す瞼を縁取る睫毛は男にしては長い。
体も細く華奢な蜜弥に少し心臓が高鳴る西浦ーゼ。



『ん…』
「(わわっ)」
「(戻れ戻れ…っ)」



目に光が入って眩しかったのか、眉を寄せて身じろぎした。
全員が慌ててその場から距離を取る。



『……、?(あ…?いつの間にマスク外れたんだ…)』



ぼー、とした目でアイマスクのゴムをつけ直して再び寝入った。
起きなかった狭霧に溜息を深く吐き、西浦高校野球部は合宿地である場所へと辿りついた。




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