夏色

□11
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もしもし…連休?


---ええ、家に戻るでしょう?


いや……部活の合宿があるから…、


---部活…野球部に入ったの…?


うん…心配かけてごめん


---そう…なら仕方ないわね…あの人には私から言っておくけど、今度の休みに説明しに来なさいね


……ありがとう、じゃあ





野球部に入部した翌日。
早速朝錬から入ることになり、まだ日が明けたばかりのグラウンドのフェンスをくぐった。



『………土…』



ぎゅっと足を踏みしめれば、本当に帰ってきたんだと実感するが、よぎった苦い過去を、頭を振って振り払う。
同時にフェンスの扉がガシャンと鳴った。



「ちーっす」
『………』
「あ、狭霧?」
『…ああ』
「多分ミーティングの時に紹介とかあっかもだけど、オレ栄口ね」
『よろしく、ポジションは?』
「二塁、そっちは……何か色々だったね」



苦笑しながら栄口君はそう言った。
昨日のことを言っているのだろうが、自分でも中学時代はやりすぎたと思っている。
そう思っていると、次々に部員達がフェンスをくぐってきて何となく居心地が悪かったので、千代の傍へと寄った。



「蜜弥君、おはよう!今日からよろしくね!」
『ああ、おはよ……何か手伝うことあるか?』
「ううん、大丈夫だよっ!」



どうやら人手は足りているらしいので、ベンチの近くにある柱に腕を組みつつもたれて眺めていると、あいつが来た。



「おはっよー!
あっ、狭霧ー!勝負っ勝負しようぜー!」
『嫌だ』
《(即答!?)》
「えーなんでだよー!いーじゃんか!」
『する必要性が感じられない』
「んー、むつかしーことはいいから、やろーぜー!」



ぴょんぴょんと跳ねる田島に嫌だの一点張りをしていると、彼の頭に明らかに男ではない手が乗った。
千代はあそこにいるし、何より頭を掴むなんてことはしない、となると。



「田島君、ミーティング始めるよ!」
「は、はいいぃっ!」



ぐっと力を入れた瞬間、田島の顔が蒼白になった。
え、…どんだけ怖いんだアレ。



「さー、みんな集まってー!新しい部員だよ、自己紹介お願いね」
『……大体知ってると思うけど狭霧蜜弥です』
「じゃあ狭霧君、昨日言ってたこと……ポジションのことなんだけど」



監督さんが切り出したことに部員たちの目の色が変わった。
特に捕手である阿部と泉君に田島、違った意味で……三橋君。
何故三橋君が怯えたような、不安のような…そんな風になったことに疑問を覚えるが、今は目の前の監督さんだ。
目が……目が、肉食獣みたいになってるぞ。



『……控え捕手とトレーニングコーチ』
「うん、それは分かってるよ。私が聞きたいのは……」
『内野外野全てと投手ってやつですよね』



聞かれることは分かっていたから何の焦りもない。
ただ、肩を揺らした三橋君の反応が気になる。



「まずは内野と外野全てっていうのはどういうことなのかな?」
『そのままです。ファースト、セカンド、サード、レフト、ライト…どこでも出来ます。だけどこれは野球やっている奴なら誰でも出来ると思いますけど』
「(……簡単に言うねえ)
じゃあ次、投手っていうのは?控え捕手っていうのは分かったけど、捕手と投手は兼任だったの?」
『兼任っていうか…』



あー…しまった、説明の仕方を間違えたな。
訂正を入れようと謝罪をすると、監督さんの首が軽く傾げられた。



『俺がいたシニアは、試合に出ても"わざと"負けるんです』
「……試合にわざと負ける?」
『はい、すみません、言い方は悪くなりますが……俺達のシニアは中学の野球を意識してなくて、プロの野球を……プロの野球選手を育てる育成チームなんです』



その場にいる全員が目を見張った。
それはそうだろう、試合にわざと負けて、シニアの時点でプロの育成チーム。



『プロを意識しているからには、入った時からもう身体づくりとかは始まってて。
どのポジションでも対応できるよう、投手、捕手…専門職でも練習するんです』
「…それが君のシニア?」
『勿論そうじゃないやつもいます。
向いていないと分かったら切り上げて、自分の得意なものを強化する。俺みたいなのは少数派で、五人もいませんでしたし』



淡々と告げる蜜弥の言葉を聞きながら、野球部は唖然として声が出ないと言った様子だった。



「(てか…投手、捕手、外野内野って…)」
「(それって…)」
「(全部のポジションができるってことじゃ…)」



有り得ない真実に全員が同じことを考えていたが、でも…と言い淀む狭霧に思考を切り替えた。



『昨日、監督さんも言った通り…俺は捕手を出来る身体じゃありません』
「うん…高校生にしては細すぎるね、それじゃあふっ飛ばされちゃう」
『(……はっきり言うな)
捕手は出来るけど、身体が違う。だからこその控え。投手も同じく控えです』
「えっ、控え!?」



投手も捕手も、どちらも専門職。どちらもできるのに、どちらも控え。
田島が驚いて声を上げると百枝は首を傾げた。



「どうかしたの、田島君」
「え、狭霧、オレとの勝負の時…投手やってただろ?」
『ああ……本当は乗り気じゃなかったんだ、専門じゃないし肘を壊さないかヒヤヒヤしてたし……』
「そうじゃなくてっ!
球種だよ!オレ、お前の球打てなかった!」
『そりゃあ…打てたら既にプロレベルだよ。控えとはいえ負けは赦されないチームに身を置いていたんだ。球種や球速、コントロールなら何でもして身につけるさ』



まあ、大体はすぐに出来たんだけど。と呟く蜜弥に百枝の身体に電撃が走ったような現象が起きた。
阿部も捕手として何か考えているようで、じっと蜜弥を眺めていたが、三橋は手を握りしめて俯いていた。



『田島と阿部、俺の球種…何か分かったか?』
「……ストレートと、なんか変なやつ」
「一球目はストレート。二球目はストレートだと思ったけど、途中から軌道が変化した」
『流石だな、あれだけでそこまで分かったら十分だ』
「狭霧君、球種はいくつ?」
『三つです、ストレート、シンカー、スライダー。ただし三つとも途中の軌道はストレートと一緒です』



またまた有り得ない投球に全員が目を見張った。途中まで軌道が一緒なんて聞いたことがないのだから仕方がないだろう。



『でもストレートはチェンジアップで軌道を変えることもできますから…』
「……〜〜〜っすごいっ!どうして野球をやろうとしなかったの!?」
『……え、と。家の事情も本当なんですが……父が中途半端を赦さない人で、何でもやるからにはトップを目指せ。野球をやるなら強豪へ行けという……。

強豪だから野球が上手いとは言わないが、野球をやるなら強豪へ行け

と譲らなかったんで野球をしなかったんです』
「今回のことでお父様は?」
『………』



目を泳がせる蜜弥に百枝も部員達も冷や汗を流した。
一応母が話してくれました、と告げると話を切り替えるように本題に入った。



「トレーニングコーチ」
『………』
「シニアの時は本職はそこだって言ってたよね、どんなことをしてたの?」
『選手たちの練習を一人一人に合った内容、調整をしてました』
「それはここでも出来るのかな?」



期待に満ちた声で尋ねれば蜜弥はゆるく首を横に振った。



『……西浦は人数が少なすぎです…個人練習は一人一人の基礎力をあげられますが、行き過ぎればワンマンプレーになることになり、チームプレーがなりません』
「そっか……それでもメニューは立てられるんだよね?」
『まあ…希望があればプライベート用も作れます』
「(やっぱり入部させて良かったああぁぁっ!)」



ぐっと握り拳を作ると後でもう一度話しましょう、と笑ってみんなの方へと向き直した。



「最初にあなたの実力を教えてくれるかな。
阿部君、座って、まずは投球」
『………はい』



座った阿部に向けて軽く腕を回し、見据えた。腕をまわしてボールを投げると、パンッと音がして収まった。



「……球速は?」
『Maxで146km、肘を壊してからはあまり投げなくなって試合でも大して投げてません。それでも130ぐらいは出るんじゃないでしょうか』



鈍い痛みがした肘をさすっていると、泉君が大丈夫かと声をかけてきた。
意外なことだったため、間をあけて返事をすると、悪かったなと小さく謝られた。



『何が?』
「何でもねーよっ」



いきなり声を荒げて離れて行く彼の背中を見ながら首を傾げた。



「肘痛む?」
『あー…少し。最近投げてばっかりだったから…』
「そっか、なら試合では出せないね」
『元々出るつもりはないんですけど。トレーニングコーチ兼マネージャーしますよ』
「そう?」
『相手校の情報収集も得意ですし』
「よろしくねっ!」
《モモ監早っ!》



即答で了承した百枝に眺めていた部員たちの心は一致したのであった。


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