夏色

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『(これで…終わりだ…だから……思いだしてくれるなよ…)』
「勝負だー!狭霧ー!」
『……さっさと入れよ、バッターボックス』



さっきから脳裏にちらちらと映ってくるものに苛立ちが抑えきれない。
嬉しそうに叫ぶ田島に八つ当たりのような風になってしまったが、本人は気にしてないようでほっとした。



「捕手は俺でいいか?」

『ああ、阿部か。いいよ、誰でも…ちゃんと捕ってくれるならな』
「……そんなに自信あんのか」
『………よろしく』
「…分かった」



少々顔を歪ませながらも従ってくれてよかった。今は自分で感情のコントロールが出来ないから、何を言うのか分からない。



『本職じゃないんだけどな…投手は…』
「っしゃー!」



足場を踏み確かめながら呟くと、田島が意気込んで叫んだ。
あっちはもう準備万端のようだ。
最後に肩をぐるりと回しながら確かめる。肘、肩、手首、腰、足首……身体は全て野球に関係あるものだ。



『(少しなら…もつか…)』



足を上げて、体育の時と同じようにして肩を大きく回して投げる。
パンッとミットにボールが収まる音。どうやら田島は初球は視たようだ。空振りはしていないし、目はミットの方に向いている。体育の時から気になっていたようだ。



「(やっぱストレートかなぁ…んー……。それにしても早えなーぁ、あいつの球)」
「(……今の…ストレートなのか…?)」



阿部からボールをもらい、二回ほど感触を確かめた。次は……変化球かな。
手からボールが離れた。



「…っ、な…!」
「(今のは変化球…!なのに…途中まで軌道がさっきと一緒だった…!)」



初球と同じ軌道を捕えたか…流石は荒シー四番…いや、流石は田島というところか。
あと一つとれば、交代だ。



「っく…っそ…!」
「ワンアウト…交代だね」



ミットをベンチに置いて、バットを借りる。
田島も監督も、他の部員も驚いてるようだ…だから嫌だったのに…。



「三橋!頼むぞ!」
「う、うん…!」



田島と阿部の声援に少しビビる三橋君。余程メンタルが弱いのか……そんなんで投げれるのかと不安に思うが、今は打ち取ることを考えなければ。
負ければ、入部。



『(三橋の決め球は浮く真っすぐ。あれはストレートよりも軌道が落ちない。まずは視ること)』



振りかぶる三橋君の目に集中し、放たれたボールの軌道を追う。やっぱり、普通よりは軌道が高い…か。
阿部がボールを投げている間に足場をもう一度整え、呼吸を整える。シニアで嫌でも身についた事を、今は自分でやっているのは…皮肉だな。
目を開き、三橋君にもう一度集中。



『……(捕えた…)』
「な…!」



カン、と金属音を響かせてボールは外野フライ。阿部がメットを外して立ち上がったので、余程驚いているのだろう。
残念、このままいけば俺の勝ち。



『…結構飛んだな……田島、どうする?まだやるか?』
「野球やってないなんて嘘じゃねえかよ…じゃなきゃ三橋の球は飛ばせねえ!やるよ!勝って絶対にお前を野球部に入れる!」



やるのか……実力差を見せればやめると思ってたが……どうやら誤算だったな、田島は実力差があればあるほど燃えるタイプだった。
なら、それを阻止しようか。


それから、二回。交互に入れ替わって勝負した結果。田島のノーヒットで俺の勝ち。
やっと終わったと安心し、帰る用意をしてフェンスの出口をくぐろうとした時、幼馴染の声が俺を引きとめた。



「蜜弥くん…!」
『……何だ?』
「狭霧蜜弥君、それだけの力を持てて、どうして野球部に入らなかったの!?もったいないよ!」
「そーだよ狭霧!お前が野球部に入ってくれれば…」
『負けたら勧誘禁止、そういう約束じゃなかったっけ?』
「う…っ、じゃ…じゃあ一つだけ聞かせて!どうして野球はもうしないの?家庭の事情ってだけじゃないよね?」



約束の事を切り出せば、監督さんが強い光を目に宿して必死の顔で聞いてきた。
明らかに諦めるっていうのから遠い気がするが……まぁいいか。



『……ここ』
「え?」
『肘を、一度壊してるんです』



肘を示して告げれば、部員達が顔を引きつらせた。一部は驚いてる顔をしてるけど。



『ここはもう完治してるんですけど、無理をすれば再発の可能性有りと主治医には言われています。壊したのは小五ぐらいで、手術してリハビリして完治したのが小六』
「中学はシニアだよね?ポジションは?」
『捕手』
「捕手!?」



驚いたのはおそらく全員。「ちょっとごめんね」と俺の肩や腕を触る監督になすがままな俺。



「…こんなに細いのに、捕手?」
『(細くて悪かったな)
シニアの時は選手全員が強くて、ボールは受けるだけ。ホームに来るなんて滅多にありません。それに控え捕手でしたし、本職はトレーニングコーチです』
「(トレーニングコーチ!?欲しい!)」



なんだか物欲しそうに目を輝かせる監督さん。俺の肩を掴む手がぎゅうっと力が入ってめっちゃ痛い。



「ねえ、野球しようよ!田島君と勝負してたとき、すっごく楽しそうだったよ!」
「オレ、お前と野球やりたい!入ってくれよ狭霧!」
『………』
「いーんじゃないのー蜜弥ー。いい加減自分に素直になりなってー」
『さかっ…!?何でここに…』
「気になって見にきちゃった」



後ろから呑気な聞き覚えのある声がしたと思えば、部活中の坂本。笑顔で野球部員に挨拶してやがる。



「俺も、田島と勝負してる時の蜜弥はいい顔してたと思うよ。たまーにそれを隠そうとする辛い顔はいらないんじゃないかと思ったけど」



言い当てられたことに、少し茫然とする。まさか気付かれていたとは思わなかったから。



『……どいつもこいつも…(勝手なこと言ってくれる…)』
「 ?蜜弥?」
『………うっせ』
「おわっ!?」



近づいてきた顔にデコピンをかまし楽しそうに笑う監督に向き直ると、笑顔は少し緊張を帯びた。



『狭霧蜜弥、シニア時代のポジションは控え捕手、トレーニングコーチ、内外野全てと…投手です、よろしく』
「……色々と突っ込みたいけど、これからよろしく!狭霧君」



始めて自分のルールを破ったが…後悔はしてない。後悔はしても、それは自分で選んだことだから満足してる。
部員達を見回して、口元に笑みを浮かべた。




これからよろしく、




(あ、でも俺試合には出ませんから)
(え!?)
(トレーニングコーチでもしますかねー)
《え…マジ?》

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