夏色
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「お前、シニアにいなかった?」
そう聞いてくる田島の目は、確信と言う名の光を持っていた。
田島の後ろには鋭い目でこちらを見る泉君に、おどおどとした態度の三橋君。昼休み一分後に来るわ、廊下を走ってくるわで、クラスの視線が自分達に集中していることが分かる。
『……分かった、とりあえず場所を移すぞ』
「ああ」
『坂本、後で覚えてろよ』
「ええ!?」
何驚いてるんだか。お前のせいでばれたんだから当たり前だろうに。
屋上でいいかと尋ねれば即答でOKだったので、屋上へと続く階段を上っていく。
『(面倒なことになりそうだな…)』
階段を上がりながら他人事のように考える。いまいち危機感がないのは、自分でもわからない。
屋上の扉を開ければ、心地よい風が吹き抜けた。金の髪が緩やかに靡き、目の前をちらちらと揺らす。
『話は?』
「俺のいたボーイズのチーム知ってる?」
『……ああ、荒川シー・ブリームズだろ?有名だからな』
「じゃあ、去年の春の大会、シニアのな。俺、お前に話しかけたの覚えてる?」
『……知らないな』
「嘘つくなよ!」
「田島、落ち着けって」
憤る田島を泉君が宥めたおかげか落ち着いた。
正直言うと、田島のことは覚えている。去年の春…丁度今頃か。だけどそれを言うわけにはいかないし…どうやってこの状況を打開するかだな…。
「狭霧お前マジで野球やってねえの?この間の草野球、あれって小学生までってレベルじゃねえぞ」
『………否定したいが、反論すればするほどお前らは信じないんだろう?だったらする必要もないな』
「っ!●●!お前のいたシニアの名前!」
田島が叫んだ名前は確かに俺のいたシニアのところだ。だけどそれがどうしたのか…泉君も三橋君も俺も…ただ首を傾げる。
「あそこのチームは、滅多に試合に出ないんだけど、ピッチャーもバッターもめちゃくちゃ強いってシニアとかボーイズでは有名なんだ」
『…』
「だからシニアの間でも中々メンバーは知られてない。でも俺、絶対にお前と会ってるんだ!」
『………じゃあ聞くが、その俺はこの髪色でこの目だったか?』
髪をクイッと痛くない程度にひっぱり尋ねると、うっと詰まる田島。違うだろうなあ…絶対に。中学時代にこの髪色というのは"有り得ない"から。
「狭霧…それって染めてんの?」
『いや、天然だよ。祖母が外国人でな、クウォーターなんだ、目も遺伝で』
感心したように目を輝かせる田島達。
なんだ、さっきまで疑ってたくせに……小動物かお前ら。
「なー狭霧ー!どーしても覚えてねーの!?」
『………何でお前はそんなに俺に関わる?それが分からない』
「だってお前野球やってたんだろ!?だったら高校でもやればいーじゃん!」
『やるかやらないかは本人次第だと思うがな』
「お前らな…これだとキリがねえ、勝負しようぜ狭霧」
何かまた嫌な予感……。
「まずお前がピッチャーして田島がバッター。次に三橋がピッチャーでお前がバッター。それぞれ三回ずつでどうだ?」
『……俺のメリットは?』
「お前が勝てばもう勧誘しないけど、お前が負けたら野球部に入れよ」
『………(あの監督だから上手いところ見せたら入らせられる気がするが…)』
「俺はそれでいい!勝負しろよ狭霧!」
『……分かった。放課後の方がいいだろ、あと10分ぐらいで昼休み終わるし』
そう言うとまだ昼飯食ってない!と焦る三人。さっきまでとえらい変わりようで息をつく。自分もまだ昼飯を食べてないので階段を降りるため続くドアへと寄っていく。
『じゃあ、放課後に第二グラウンドで。監督さんには話を通しておいてくれ』
「ああ、分かった」
『だ、そうだ…坂本』
《!?》
足音を消してドアを開くと坂本が隠れるようにしてそこにいた。
本人も後ろの三人も驚いたように俺の顔を見る。
「なんで分かるんだよー蜜弥…」
『何となく。あとお前の今までの行動からして教室で大人しくとかは絶対にあり得ない』
「あははー…」
首元をがっしりと掴み、引きずるようにして階段を降りようとすると、坂本が慌てて声を制止の声を上げた。そのまま引きずってやろうかと思ったが、サッカーのレギュラー候補に怪我させるわけにはいかないので仕方なく離してやった。
「おまっ、怖いことすんなあっ!」
『……誰のせいでこうなったんだっけな…』
「俺です、すみませんだからその怖い冷たい目はやめてください」
マジでメンタル弱ー…。
土下座している坂本を立たせて階段を降りて教室へと向かうと、教室の前にいた野球部らしきやつら。
「あー…狭霧、?」
『…何』
「(機嫌悪い…?)俺、七組の花井だけど…九組の田島達知らないか?」
『……屋上の方の階段付近にいるから、すぐに降りてくるんじゃないか』
坂本が知り合いらしく、明るい声で花井に話しかけた。長くなりそうなので先に教室に入るとしよう。
……それにしても、面倒なことになったなぁ…。
『あー……やだな…』
逃げたい……だけどそれじゃあ更に酷くなるだろう、決着はつけていた方がいい。
五校時、六校時と過ぎ、重い気持ちを背負ったまま野球部の待つ第二グラウンドへと足を進める。
「あ、来た!」
「いらっしゃい狭霧君。久しぶりだね」
『……お待たせしました……始めましょうか』
さっさと、終わらせよう。
この、懐かしい、大好きな、大嫌いな、過去を思い出させるものを。
勝負開始
(ちーす…って何この雰囲気?)
(栄口、水谷ーこっち)
(花井、あれ誰?何すんの?)
(あれは三組の狭霧で今から勝負)
((え、何で?))