夏色

□06
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どっさりと積み上げられた社会の授業に使う、もしくは使った紙紙紙紙紙やファイルや地球儀などの山。

手伝えとは言われたがすぐ終わるようなものと思えば、どっさりな山を大分離れた資料室への運び手。まさか自分一人ではなかろうと辺りを見回しても、勿論一人。

軽く担任に殺意を覚えたのは仕方ない、というより当たり前だろうといえる。



「じゃ、頼むな」



俺部活の顧問があるからさー、と軽い足取りで去っていく担任、田村。

………いっそのこと逃げてやろうか。
そう思いつつもやってしまうのは俺の性分。
まったく損な性格をしていると自分でも自覚している。



『………これ、何往復すれば終わるんだ』



いくら男で多少力はあると言っても、所詮人間。こんなに一度には運べない。
つまりは一部を運んで戻ってまた運んでは戻っての繰り返し。

…俺は働きアリか。

こうしていても仕方ない、早く帰りたい思いでなるべく多く積んでゆく。

まだ放課後になって間もないので、文化部のやつや部活に入っていないやつなど、教室や廊下で話している人間が大勢いた。
話している奴らに当たらないように避けながら、かつ持っている紙が崩れないように歩く。



「あ、狭霧だ。何その紙」



同じクラスの男(確か…坂木…?)が話しかけてきた。
スポーツバッグを持っている様子からして今から部活なのだろう。
簡潔に田村の手伝い、と告げると大変だな、と言われた。



「田村っていい人っぽいけど、あいつ手伝い頼む時の量が半端ないからなー」
『ああ、全くだ』
「その言い草だと今回も量が多そうだな。俺手伝うか?」



押しつけがましくないその物言いは正直好感が持てた。ルックスもいい方だし、きっとモテるだろうなこいつ、と思ってると何だ?と首を傾げられた。顔を凝視してたのは不味かったか…。



『いや…ありがたいけど、大丈夫だ。それに今から部活だろ、手伝ってたら遅れるぞ』



いくらなんでも新入生が入部早々遅れるわけにはいかないだろう。
田村もそこを分かって入部していない、かつ社会係の俺に頼んだんだろうし。



「そーか?別に気にしなくてもいいんだけどさ」
『確かに量は多いが……別に用事もないから』
「ふーん。じゃ、頑張れよ狭霧!」
『ああ、じゃあな……坂、木…?』
「坂本だよっ!お前今まで名前知らないで呼んでたのかよ!」
『あー…惜しい、一本違ったか』
「そういう問題じゃねえよっ!」



悪いと謝ると多分同じ部活であろう男が坂本(今度は間違えてない)の名を呼んだ。
じゃあなーと走って離れた坂本に背を向けて足を進める。

確か社会の資料室はC棟の三階だったよな、遠い…。嫌な予感もしたことだし、とっとと済ませよう。
そう思ってさっきより少しスピードを速めた。








『はぁ……今何回目だ…』



もう往復の数を数えるのすら馬鹿らしくなってくるぐらいに繰り返した往復。
だが、そのおかげか今運んでいるこれで最後になった荷物。

いくら急いで運んでも全く成果が出ないので、もうボイコットしてやろうかと思ったが……やったかいがあった。
もう日も傾いて夕方だ。



「……狭霧?」
『………』



運び終わり帰ろうとしたが、財布を教室に忘れて取りに行こうと戻ろうとしたが、7組の前を通る時に出てこようとした男に名を呼ばれた。
どこかで聞いた声だと思えば、野球のユニフォームを着ていたことから思いだした。
そうだ、あのタレ目のやつだ。



「こんな時間まで用事か?」
『……別に、担任の手伝い。そういうお前は?』
「俺は忘れ物取りに来ただけ」
『そう、じゃ』



特に仲が良いわけでも特に話すこともないので、止まった足を再び進めた。
捕手のやつを少し追い越したところで名を呼ばれた。また野球関連か、と諦め体ごと捕手の方に振りかえった。



「お前、なんで野球やんねえの?篠岡に聞いたけど、強かったんだって?」
『……野球は今はやってないってこの間言っただろ』
「"小さい頃やってて今はやってない"。
それって最低でも小学生までって意味だろ」
『(まあ含んだからな…)……で?用件は?』
「野球部入れ」
『(命令かよ)』



おそらくっつーか十中八九、絶対嫌な予感はこいつが元凶だ…。
しつこいなあ、野球部……そのしつこさは試合で見せろよ……。



『……野球部には入らない。何度言ったらいいんだ?』
「何でだよっ!お前中学の時やってたんだろ!?だったら…」
『それをお前に話す理由もないし義理もない』
「ッ…!だったらシニア名だけでも教えてくれ」
『それを教えたら絶対にお前は調べるだろ。そしたらこれ以上に勧誘が来る。それは俺のルールに反する』
「るー…?」
『"自分が決めたことは絶対に覆さない"
それが俺のルールだ。
"野球にはもう関わらない"というのを決めた。それは野球部の部員でも有効だ』



今、自分が心底冷たい目をしているのが分かる。
捕手の目を見てそう言えば、肩が小さく跳ねて目が怯えるように怖気づいた。
一度目を伏せ、気付かれない程度に深呼吸をする。
自分でも気がつかないうちにムキになっていたようだ。



『まあ……野球は関係なしにならお前達のことはそんなに嫌いじゃない。じゃあな』



さっさと帰ろう、と教室に向かって踵を返すが、さっきから気にかかってたことを思いだして肩越しに振りかえる。



『お前の名前……なんていうの?』
「……阿部」
『…阿部、ね…じゃあな』




ルール





(……今まで)(人間があんなに怖いと思ったのは)(初めてだ…)

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