夏色

□03
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キラキラ キラキラ


輝く結晶のような 人生の一ページが始まろうとした。





「あなた入部希望者!?」
『……は、』
「今みんな集まってるんだ!自己紹介してね!」
『……あの……(力つよ…)』
「あなた初心者?大丈夫だよ、初心者でも大歓迎!」



キラキラと輝く笑顔でガシッと腕を掴まれて尋常じゃない力で引っ張られる、いっつみー。
先ほどまで見ていた投手や捕手、バッター、内野やその他まで俺を見る始末。
………どうしようか。



「私は監督やらせてもらってます!百枝まりあです!名前とポジションは?」
『(監督なのか、女性の監督って珍しいな)
………あの…俺入部希望者じゃないです……』



うーわ…輝いていた目が一気に冷めたよ。



「じゃあやってみようよ野球!」
『…俺、ここ通りかかっただけなんですけど…』
「お前さっき見てただろ?何で見てたんだ?」




目が大きい女の子のような………男だよな、うん、男だ。まあ顔にそばかすのある男が口を開いてそう言った。



『(気付いてたのか…)
通りかかって、勝負みたいなのしてそうだったから……見てただけなんだが…何か気に障ったか?』
「…いや、別に」
「ところであなた名前は?」
『…狭霧蜜弥です』



後ろの方で「知ってる?」「いや知らない」などと小さい声で話されているのが聞こえた。
これでも耳はいいんだ。目もいいけど。



「じゃあ狭霧くん、野球部に『入りません』どうして?」
『(そう来たか)
……家の都合上、とだけ言っておきます』



中々引き下がらないこの監督に、段々疲れてきた。
それより、この監督さんよりも気になっているのが…さっきから俺を睨みつけるようにしてみてくるタレ目の捕手。



「なーなー、お前どっかで会ったことない?」
『……いや…ないと思うが…』
「うーん…どっかで見たことあるんだよなーお前の顔!」
『同じ学校だしすれ違うだろ…』
「あーそっか!」



…………なんて簡単単純な生き物だ。
こいつは多分、名門ボーイズ"荒川シー・ブリームズ"の四番だった"田島悠一郎"だ。
なんでそんな有名な奴がこんな無名の学校に来てるのかは知らないが、一度会ったことがある気がする。



「なあ、お前…狭霧だっけ?野球やってんの?」
『………なんで?』
「いや、なんとなく」
『(なんとなくねえ…)
小さい頃(から)やってたけど、"今は"やってないよ』



少し笑みを携えながら言ってみる。大体の人間はこれで信じるんだ。

そうか、と言いながら引き下がってくれたこのタレ捕手(タレ目の捕手の略)に心の中で感謝の言葉を贈った。

こいつもシニアかボーイズの出か…?そこら辺には顔がばれてるからな……。



『……俺時間がないんで…失礼します』
「あ、ねえ!野球はやらないの!?楽しいよ!?」
『(知ってるよ…楽しいことも、気持ちいことも)』



知っているからこそ、俺は嘘をつく。
俺自身に、周りの人間に、野球にも。



『やりません。誘いは嬉しいけど、家の都合上、ダメなんです』



今度こそ失礼します、と言ってグラウンドの土からコンクリートへと出る。
……久しぶりに土の上に立った……。



『ぁー……見るんじゃなかった…』



思い出してしまったではないか。
あのころの記憶を。あのころの楽しさを。あのころの………自分を。



『まあ、候補には……入れておこう』



多分は使わない候補だけど、予備としては十分だ。

さーて、もう昼か……昼飯何食おうかな……別に食わなくてもいいんだけど…あんまり食べなかったら母さんの雷が落雷する。
穏やかな人ほど怒らせたら怖いというのは、俺の母を言う。

………冷やし中華…食いたい。よし、冷やし中華にしよう。決定。



『麺買わねえと…スーパーに寄ってくか』



この間一通りは周辺を見回って地図は既に頭の中だ。

スーパーで買い物して、家に帰って作って食べた。洗い物をし終えた後は特にはすることもなかったから、リビングのソファに寝転がっていた。
目をつぶるといつも描かれる…あのころの思い出。カーンと気持ちの良い金属音、ミットに収まる白いボール、走って…打って…



『……っ!!!』



ダ メ だ 。


忘 れ ろ 。


思 い 出 す な 。



催眠術のように何度も、何度も、リフレインされる映像と、もう一人の俺が言う言葉。
最初の頃は気持ち悪くて吐きそうになったこともあったが、今では慣れて機嫌が急降下するだけだ。(慣れとは恐ろしい…)

気分転換に外に出てみたら小学生ぐらいの男の子達が野球をしていたらしく、白いボールが飛んできた。



「すみませーん!」
『投げるぞー』



軽く足を上げて、投球のフォームで。
手から離れたそれは真っすぐに直線を描いて男の子のミットに小気味のよい音を出して収まった。



「すっげーーーっ!!」
「今のどうやったんですか!?」
「ぜってー120以上はでてたよな!?」
「お兄さんちょっと混ざってよ!一人足りないんだ!」
『………あー……まあいいか』



どうせ子供の野球だ。中高生のものとはわけが違う。
そう思った俺は軽く了承してグラウンドの中へと入る。
今思ったが、小学生の中に高校生ってありなのか?………アリだそうだ。

やってみると存外面白くて自分でも気がつかないうちに夢中になっていたようだ。

……自分を見る鋭い視線に気がつかずに。



『っはーーーっ!!疲れたー…』
「お兄さんすっげー上手いな!」
「シニアとかやってんの?」
『ああ、まあやってたな……』
「いいなーシニア!俺んちは金ないから中学の部活だぜー」
「俺もー」
『部活もいいもんだ。友達と話して競えるんだからな』



少しだけ野球のコツのようなものを教えてからそろそろ日も傾いてきたので帰る。
久しぶりに長い時間体を動かしたこともあって体が重かったが、心は少し軽くなっていた。



『風呂入りてえ…』
「狭霧」
『………お前…確か』



目の前に立っているのはグラウンドで会った……。




睨まれてる。





(うわー…目撃されたのか?あの顔は)(やっかいだな)(いっそのこと殴って記憶消失……とか)(アリかな…)

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