夏色

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「狭霧!」

『悪い』

「狭霧、お前の元チームメイト何者だよ!」


歌が始まっていたので、花井が手を挙げて呼んでくれたおかげで早く座ることができた。
ようやく腰を落ち着けると、田島がキラキラと輝く目で詰め寄ってきた。


「あそこにいた全員、シニアのか?」

『ああ。俺以外はほとんど桐青にごっそり行ったからな。何か言ってきたか?』

「狭霧のこと聞いてきたよ。今のポジとか、元気かって」


まるで親のような対応に呆れてしまう。
乾いた笑みを浮かべる俺に、みんなは興味津々といったふうに視線を寄越してくる。


「全員かっこよかったね」

「モデルか?」

『全員野球一筋の野球バカだよ。
まあ頭はそれなりによかったけど』

「へー……狭霧は何で桐青に行かなかったの?」


水谷の質問に答えようか迷っていると、後ろの席で「昼過ぎだばかやろー!寝ぼけんな!」と大声が聞こえ話は中断となった。
見れば誰かが先輩に首を絞められている。
ずいぶんとヒエラルキーのはっきりしている高校だ。


「うわ〜、すぐ後ろにARCがいるよ〜」


何か気まずいのか、泉が身をすくませて隠れるようにしていた。
群馬でもARCは有名なのか、三橋も知っていた。
今年はここ10年でも不作だと言われているが、確か…1年の太田川だっけ。良い球投げる体格のいい奴が中々強いらしい。
中学時代から有名だったそうだが……知らないな。
退屈な待ち時間に足を組んで頬杖をついて壇上を眺めて待つ。
すると何だか視線を感じ、辺りを見回しても何ともない。何だ。


「狭霧……お願いだからその体制ヤメテ…」

『は?』


疲れたような水谷に首を傾けると何も言わずに足を下ろせと阿部に睨まれた。
訳も分からず組んだばかりの足を元に戻すとあからさまにホッとしたような顔をされた。


「(めっちゃくちゃ視線集まってるの何でこんなに鈍いんだろ…)」

『桐青は85か…(あたりたくないな)』


横で泉がつらつらと有力な学校名を上げていく中、武蔵野第一に三橋が勢い良く立って反応した。
やたらと興奮気味の三橋を座らせようとする栄口が、トイレで榛名に会ったと教えてくれた。
榛名をいい人と称す三橋は、トイレで出来事であろうことを伝えるが興奮しすぎでいまいち要領を得ない。
つまりはお互い頑張ろうと言われたそうだが、向こうからすれば完全にナメきっている態度だ。
でないと、あんな俺様タイプが年下だろうと友好にするはずがない。

三橋は気づいていないだろうが…、気づかなくてもいいことだ。


『武蔵のは128……Cシードは嫌だな』

「狭霧でも嫌って思うことあるんだー?」

『お前は俺をなんだと思ってるんだ』


感心したように水谷が言うので、即頭部を指で弾いておいた。
痛みに悶絶している男は放っておいて、壇上に向かう花井を見送る。


「くじ運悪くても諦めるな!」

『くじ運悪いのか?』

「べつに悪くねーよ!」


遊ぶ阿部にノれば、ムキになった花井が言い返して段差を降りていく。
練習試合をしたのは170校の内7校。そこに当たるのは難しい。


『……どうせならそれなりに強いところと当たりたいな』

「狭霧が言ったら本当になりそうだからヤメロ」

『最初に当たって勝った方が楽だぞ。あと俺は超能力者でもないんだから、言ったことが本当になるわけ』


ない、と言い切ろうとするのを遮って、司会者の声がホールに響き渡った。


《西浦高校84番!》

『……おお』


一斉にホールが湧き、不名誉な拍手が送られる。
役目を終えた花井を待つのは、【初出場にして去年の優勝校を引き当てた不運な学校】として取り上げたい記者たちの猛攻撃。

確かに強いところに当たりたいとはいったが、一番当たりたくなかった桐青を引くとは……花井のくじ運、激悪。


「イデーーーッ!テテテテッ!」

「弱気はダメ!」

『………ドモ』


泉の頭を監督があの驚異的な握力で握った。気配なかったぞ、おい。
おそらく諦めの溜息をついた泉に対しての制裁だろうが、それにしても痛そうだ。
去年の優勝校、というレッテルに腰が引けている男たちには勝とうという気持ちが見られない。


「勝てねえかな?」


どうするか、と思案していると田島の一言で雰囲気が変わった。
田島の根拠は練習試合でも今まで全勝したから、と言っているが、桐青とは比べ物にならないくらいレベル低いところだ。


『一回戦負けしてるようなとこに勝っても、俺らの実力はまだ分からないってこと』

「なんだよ、阿部も狭霧も弱気か?」

「まさか!きちんと打順組んで田島を使えば一点くらい取れるだろ」

「だよね!狭霧は?」

『やってもないのに負けるとか考えることが時間の無駄だな。
諦める前に勝つための手段を考えるのが俺のモットーだ』


桐青は露出も多いからデータも多い。
解析、分析すればある程度の予測は出来る、と阿部も同じことを考えていた。


「守備で変なミスさえしなきゃあ、こいつが完封してくれる!」


自信満々で三橋の胸ぐらを掴んで引き寄せる阿部の策に、ほかのやつらの顔は引きつっている。
つか、阿部の三橋に対する扱い方が乱暴すぎると思うのは俺だけか。


『でもまあ、そうなると……』

「そうね、まだやるべきことがあるわね。
強い学校と弱い学校の絶対的な違いは何だと思う?」

「えーと…」


設備でも部員数でもなく、その答えは練習時間だった。
"練習は量より質"というのは、基礎ができていないと意味がない。
基礎力を身につけるにはひたすらの反復練習あるのみ。しかし今のままでは時間が足りないのだ。
それはこの夏大を迎えるのに懸念していた一番のものだった。

監督が言うには、今の季節だと朝の4時半にはもう空が明るいんだとか。
……地獄だな。
しかしそれだと始発よりも早いということで、5時集合。
救済措置かと思いきや、まさかの。

そして夜は9時上がり。
これは睡眠時間の確保に忙しそうだ。
しかし俺たちは授業のあいだは座っていられるが、監督のバイトは肉体労働だ。
無理だ、と言うのは憚られる。


「一緒にがんばりましょ!」

「はい!」



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