夏色

□21
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キン、と響くヒットの音。高くあがったボールを追いかけて、追いかけて。


「捕ったよおおおっ!」


パシッとミットに収まったそれを掲げて嬉しそうに頬を高潮させる西広の初々しい反応にふ、と笑みが漏れる。
そういえば練習試合もこの二つ目を最後としてテスト週間なわけだが…あいつら大丈夫なのか…。
少し心配になっていると、肩にコツンと何かが当たった。



「わ、蜜弥君、ごめんね!」
『平気。三橋とぶつかったのか。どっちも怪我は?』
「平気だよー」
「お、おれも…っ」



千代に申し訳なさそうにしている三橋に、千代は気にしている様子もなくあはははと笑っている。それに安心したのか顔がふやけている三橋が、「あっ」と千代の言葉にビクついたのについ目をすがめる。
どこまで小心者なんだか…。



「三橋君、今日誕生日でしょ」
『ああ、そういえば…』
「マネジだから知ってるんだよ!誕生日オメデトオ!」
『おめでと』



くしゃっと頭に手を置くと、「あり、あり、」と最後まで出ない単語につい吹き出す。
最後まで言おうとしても整列に並ぶため、立ち上がった三橋はそのまま駆け出した。



『…?何ですか?』
「…いえ、青春は始まらないんだーって」



青春?何の?と首を傾けていると何でもないと監督に首を振られた。
……本当に何なんだ。

試合も無事勝利し、片付けをしていると数人が半円になって監督の話を聴いている様子に聞き耳を立てる。
話題はテストについてだ。やっぱりというか何というか、納得しかしなかった。
しかしなんでまた監督が、と不思議に思っていると監督の背後には教師である志賀が。ああ、納得した。
ま、どうせヤバイのは三橋と田島ぐらいだろうし……多分そいつらを託されるのは花井だろう。花井、ガンバ。
巻き込まれる前に、と自分はさり気なくその場を離れた。



「狭霧!助けてくれ…」
『あ?』



着替えのために部室に入ると顔を真っ青にさせた花井が縋り付いてきた。



『つまり、馬鹿二人の赤点回避のために勉強を教えろと?』
「モモカンはバイトがあって無理らしい」



それは反論できない。
どうしようかと悩んでいると、泉が「お前は成績どうななんだよ」と聞いてきた。



『赤点取るほど馬鹿じゃない』
「むしろ狭霧が赤点だったらおかしいよ」
『そうか?』
「おれ、5組の友達に聞いたんだけどさ…狭霧、めちゃくちゃ頭いいよね?」
「えっ!」



栄口が少しおどおどしながら確認する姿勢で聞いてきた。てゆうかその友人とやらはどこからその情報を……。



『……坂本か』
「え、いや…」



ビクッ!と肩を跳ねさせた栄口やその背後にいたやつら数人も目にみえて怯えていた。
……今のは自分でも低い声が出たと思う。
スマンと謝ると大丈夫と苦笑いをされた。



「どんぐらいなわけ?」
「えっと…」



言っていいものかと栄口が視線で訴えてくる。もうどうにでもなれと頷いた。



「小テストは満点で、宿題はいつも授業中に終わらせてて、何聞いても即答で答えてくれるって…」
「はあ!?」
「何だそれ!」
『どこまで話してんだあいつは』



痛くなってきたこめかみを押さえると、キラキラと目を輝かせて俺を見つめる数人とげんなりとした目で見る奴数人。
こっち見んな。



「狭霧がいたら無敵じゃん!」
「英語教えてくれー」
「オレに古典頼む」
『………わかった、わかったから詰め寄るなむさ苦しい』



汗臭い身体で詰め寄られてはかなわないと追い払うとヒデエとショックを受けている奴らを尻目に場所はどうするんだと花井に聞く。



「ファミレスかあ?でも絶対ガヤガヤしちゃうしな。マックも一緒か…今日、図書館開いてねーよなあ」
「そういや狭霧は一人暮らしだったよね?」
『お前らに教えるとロクなことにならないから断る』



入り浸るのは結果に見えている。特に田島。
ブーイングをしてくる奴らをジロリと睨むとすぐに静かになった。よし。



「オ、オ、オレオレオレ、オレん家で…」
「勉強する場所のこと?」



コクコクと頷く三橋に、今日はやけに積極的だと目を見張る。
しかし11人も入る家ってどんな……。
いや、そういえば三橋は学校の理事長の孫だった。家がでかいのも納得だ。
三橋の案内のもとお邪魔することになった。



「文系は覚えること多すぎんだよなー」
『暗記のコツが解ったらすぐできるぞ』



なんて話をしながら三橋の部屋がある上へと階段を上がる。
ついでにちょろちょろと動き回る田島の首根っこを掴んで。



「おお…なんか…かわええ部屋だ」



白い壁紙とカントリー風の部屋は少し男子高校生にしては可愛らしいものだった。
どこからか持ってきたテーブルを運ぶと、早速始めようと花井が仕切る。



「英語はオレんとこ!数学は阿部ンとこ集まれ!他は狭霧ンとこな!
おっと、お前らは西広に見てもらうんだ!」



落ち着きのない三橋と田島の二人のがしっと捕らえ、西広の前に座らせる。
何でも試験前には勉強しないという強者らしい。



「狭霧はテスト前は勉強するの?」
『いや、特に……つか、普段もそんなにしないな…全部授業中で終わらせてる』
「嫌味なやつだな」
『ケンカ売ってんのか阿部』



吐き捨てるように呟かれた言葉を拾うと、栄口が仲裁をする。
視線を逸らして筆記用具を取り出すと、そういえばと額を押さえた。



『悪い、誰かシャーペンと消しゴム貸してくれ』
「忘れたの?」
『いや、最近よく失くなるんだ。今日の昼休みにも失くなっててな……落とした様子もないんだが……』
「取られてんじゃないのー?狭霧モテるから」
『なんで俺がモテてペンが失くなるんだ?』
「え、マジで言ってんの?」
「だーっ!始めんぞ!そこ!」



水谷や巣山が信じられないとでも言いたげな目をしていたのだが、いつまでたっても終わらない会話にしびれを切らした花井が無理やり会話を断ち切った。
とりあえず一時間やると言う花井の眼鏡バージョンを初めて見たとまじまじと見つめる。



「はい、はじめー!」
「れーーーーーーーーん…」
『…?』



開始した瞬間にどこからか声が聞こえた。
どこから聞こえてるのか分からず、「鳥?」とみんなが首を傾けている。確かに鳥みたいに聞こえるが……。



「お、親が帰ってきた!
みんなやってて!」



三橋が部屋を出て行くのを田島が追いかけてしまい、それを逃した泉も追いかけ、そして花井も追いかける。
顔を見合わせどうしようかという雰囲気になってしまった。



『とりあえず、やっとくか?』



借りたペンでトントン、とノートをつつくと同時に「なんで!?」と三橋の大きな声が。あの三橋の大声、というだけで珍しいので、勉強どころではなくなってしまった。
仕方なく、全員階段を降りることにした。



「三橋誕生日なの?」
「誕生日?誰が?」
「三橋?」



初耳だと驚いた後、なんで言ってくれなかったのかと顔を歪めるやつらに、どうしようかと思っていると明るい声がその思考を吹っ飛ばさせた。
歌をうたって、ろうそくつけて、皆でお祝いしようという田島の案に異を唱えるものはいなかった。
ケーキやケンタなど三橋の母親が買ってくれたであろうそれを運んでいく。



『すみません、いきなり押しかけた上に……』
「え、えっ」
「あのー、おばさんも一緒に食いますよね?」
「え……いいの?」
「もちろんスよ!オレらのがおジャマしてんスから!」
『俺たちだけご馳走になるのも悪いですし』



好青年!という雰囲気を出す花井に三橋母もすっかり絆されたようだ。
出前をとってくれていたスシも届き、準備も完了したところでロウソクに火を灯した。
ハッピーバースデーを歌っていくと、みるみるうちに三橋の顔が赤くなっていく。



「く、食っていーすか!」
『よだれ出てるぞ』



料理をジッと見つめてよだれを垂らす姿を見ればダメとは言えないだろう。
お吸い物を持ってくるという三橋母に、手伝いますと言って俺も下へ向かう。



『これ、注いでいいですか?』
「ええ!えっと…」
『狭霧蜜弥です』
「狭霧君!綺麗な髪と目ねぇ」



ほー、と感心している三橋母に苦笑すると勘違いしたのか謝られてしまった。



『母方の祖母がイギリス人なので、クウォーターなんです』
「へえ!それじゃあ、英語なんかもしゃべれちゃうの?」
『少しなら』
「すごいわー!」



少女にように笑うその人に、つい自分の母親を重ねてしまった。
そういえば最近実家の方に帰ってないな……。
元々心配性な人だから、とどうしてるか逆に心配になってきた。のほほんとしてるからなあ、母さん。
永遠の少女のように、今でも父さんの言動に頬を染める様子は呆れ果てるが、可愛いとは思う。



「狭霧、オレ運ぶぞ」
『ああ、サンキュ』



手伝いに降りてきてくれた花井に、椀をトレイに乗せて渡した。
三人で戻ると、また歌をうたっていた。どうやら巣山の誕生日らしい。
次は花井だと言うと照れて遠慮する花井だが、そんなの無視だと容赦なく歌うと更に顔がトマトのように真っ赤に染まった。



『(結局勉強しないまま日が暮れたなあ…)』
「狭霧全然食べてないじゃん!」
『十分食った』
「そういえば合宿でもあんまり食べてなかったね」
『ああ、まあ……って田島!皿に足すな!』



沖に答えていると、ようやく平らげた皿に田島が勝手にピザを足していた。
俺の腹はずいぶん前に限界を訴えていたのでその皿を阿部に渡すと呆れたような顔をされたが食べてくれた阿部に少し感謝。
胃を休めていると、阿部が庭に降りようと言う。
本来の目的を見失っていないかと疑問に思うが戻ってきたらやるつもりらしい。

庭には池を挟んで置かれてあるネットに的が作ってあった。
田島がやろうとするのを止めて、三橋に投げてくれと阿部が言う。



「三橋、狙うとこ指示していい?」
『(…なるほど、九分割か)』



阿部の狙いが読めて、やれやれと息をつく。
左上、右下、右上と指示を出す阿部の言葉通り、三橋の投げたボールは吸い込まれるようにして外れない。
コントロールの良さが目にみえてはっきりと解り、何かが背中を駆け抜ける。



「田島、狭霧、マネできるか」
「努力のタマモノだろ。マネはできないよ」
『同じく』



三橋に歩み寄り、「行こうな、甲子園!」とはっきりと口に出す田島に触発されたのか、三橋は行きたい、と言った。



「初めて会った日にゃ、”ムリだ”っつってモモカンにケツバットされたんだぞ!」
『ああ、アレ。そういうわけだったのか』
「狭霧見てたの?」
『正直アレ見て野球部入ろうか迷ったからな』



入学初日のことを思い出して呟くと声を揃えて「ウソ!?」と驚かれた。
だってケツバットする監督なんて初めて見たしと言えば納得しかけた奴らに笑いがこみ上げる。



『ま、甲子園行くなんて当たり前なこと今更言われてもな』
「うわ…」
「ここにも田島がいた…」
『誰だ今言ったヤツ。
甲子園行くにはまず、赤点回避が第一だろ』
「そうゆーこと!さー勉強勉強!」



三橋を引きずっていく阿部の背中は、何か考え方が変わったように見えた。



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