夏色

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合宿が終わった二日後。ケータイに設定したアラームがなる前に自然と目が覚めた朝5時。
合宿では布団で寝ていたが、やはりベッドはいいと改めて実感した。
寝て固まった身体を伸ばしてほぐしてから顔を洗うために洗面所へと向かった。



『(今日は確か県体の試合観戦…)
浦総と武蔵野第一だっけ…?』



武蔵野は確かサッカーの方が強かったはずだけど…いつの間にかベスト8にまでくるほど力がついてる。
後で調べてみるか。

部屋着から着替えて軽く朝食をとって荷物を一通りまとめたあとはまだ時間があるので読みかけの本を読む。



『(……落ち着く)』



慌ただしくて静かに本も読めない時が続いていたからかいつもよりのめり込んでしまい、気づけば出ないといけない時間に。
名残惜しいが開いていた本を閉じて、用意していた荷物をもった。

家から学校までは徒歩15分程度。
ベランダからは田島の家が見える程度の近さだ。
準備運動がてら軽くランニングしながら行くため5分もかからないが。

カシャン、と音を立ててフェンスをくぐる。まだ誰もいないがあと10分もすれば誰かしらくるだろう。
その前に着替えを済ませてとりあえず備品のチェック。



「ちわーっす」
『巣山、はよ』
「はよ。いつも早いな」
『そうか?俺も今来たんだが』
「もう仕事してたら早いって」



そう言って苦笑する巣山とたわい無い会話をしていると次から次へとやってきた。

時間がある時はグランド整備をするのでトンボがけをするやつらを横目に千代と今日のことについて軽く話し合いをしていると志賀がいつも以上に元気な声で「瞑想をする」と言った。

"瞑想"という言葉に馴染みがなく頭に疑問符を浮かべているやつのために、志賀がα波だと付け加えた。
それでもわからないやつは多く、更に説明を付け加えた。



「狭霧、α波とは?」
『……頭から生じる電気活動の周波数を大きく分けたγ(ガンマ)・β(ベータ)・α(アルファ)・θ(シータ)・δ(デルタ)のうちの一つ。
α波の発生時には…』
「ストップ!もういいよ!」



志賀が遮ったことで何をやらせたいのかが分かった。
なるほど、よく考えられてる。



「すげー」
「何でわかんの?」
『興味本位でそういう本読んでたから。かじる程度だけど』



中々面白いんだぞ、これが。と付け加えると信じられないものを見たかのような顔をされた。失礼な。

志賀が話を続けた。
α波はどんなときに出ているのか。部屋でくつろいでいる時、好き音楽を聴いている時など当たらずとも遠からずといった答えが返ってくる。
するといきなり目を鋭くさせた。



「篠岡動くな!!!足元にヘビ!!!」
「キャアアアア!!!!!」
『(……人が悪いなあ)』



隣で叫んだ千代を指差し「α波出てる」と言った。
一方、かすれ声でヘビはと尋ね、あっさりとウソだと告げられた千代はその場にヘナヘナと座り込んでしまった。



「もう出てない」
「なにそれっ!」
『ハハ…』



手を貸して立たせると、泉や田島、水谷が顔を赤くしてじっとこっちを見ていた。
何だよと尋ねると見てる方が照れる、と若干引いたような目をされた。失敬な、何がだ。

ベンチに戻ろうとすると、監督が話を聞かなくていいのかと声をかけてきた。



『志賀先生が言いたいのは、"いい具合に力を抜くためにはどうするのか"って話ですよね。俺には必要ありませんから』
「言い切るねえ」
『むしろ、いると思っていますか?』
「(……まったく、この子は…ッ)」
『試合観戦の準備しておきます』



口をつぐんでしまった監督に小さく笑いかけて、試合見学用の飲み物などを用意する。
監督に言ったのは嘘でもなんでもない。本当の話だ。精神を鍛えればどんな逆境にだって耐えられる。それはシニアでも鍛えられた。嫌ってほどに。



『(だから、もういらないんだよ)』
「狭霧!お前も来いよ!」
『ああ』



円になって座っている田島と泉の間に座り、手をつなぐ。
志賀の言葉に従って、想像力をフル活用して血流や呼吸の流れをイメージしていく。
温度の流れ、空気の流れ、隣のやつの手の暖かさ。
日差しが照る中、聞こえるのは自然の音だけ。志賀が手を打つまで、それは続いた。



『水谷…寝てただろ』
「ね、寝てないよ!寝そうになっただけで…」
『対して変わらねえよ』
「ッ…!
(いきなり笑うなよー…!)」



言い訳じみたことを言う水谷につい吹き出した。
ロングティーの準備を終えて打ち始めているやつらにアドバイスしていると、他の部活が始まった。



「狭霧っ!」
『うわ…』
「今日こそは!ウエルカム我が部活!」
『だから何度も言ってますけど入りません。しつこいですよ』



同じグラウンドを使う陸上部から数人が走ってくるのを追い払うと、田島たちが何だ何だと集まってきた。



『部活の勧誘。最近しつこいんだよ』
「勧誘!?すげー…」
「あれ陸上部だよね?そういえばサッカー部とかにも誘われてるって」
『あとはバスケ、卓球、ハンドとかあったかな……入らねえって言ってるのになあ』



会うたびにしつこい勧誘を受ける身にもなってくれと切実に願う。
ってそこ、キラキラする目と同情の目で見るな。潰すぞ。
とは思いつつも口には出さなかった。何故なら彼らには罰ゲームにも等しい球場までのランニングが待っているのだから。



「西浦ーっ!!!!」
「ファイッ」「ファイッ」「ファイッ」
「声が小さい!リズムが崩れるよ!
ほら狭霧君も近くで!」
『や、俺はここで結構です』



俺も自転車でと言われたがせっかくなので自分も走ることにした。
集団から2mほど離れて併走するオレを恨めしそうに見てくるあいつらを視界にいれないよう走る。




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