時少。

□34
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スミレたちと別れ、朔那と瑪瑙は二人で人気のない場所へと足を運んでいた。

『それで?何かあったんでしょ?』

「んー?何が?」

『とぼけるなよ?』

口元に笑みを浮かべる朔那に瑪瑙はぎくりと肩を揺らした。
笑っているのに威圧感は半端なく重く、逃れられそうにはないと直感で感じた。

「参りました。でも、今報告するほどでもない。余計な情報は余計な混乱を招くだけ」

『……それが命取りになったとしても?』

鋭い視線に瑪瑙は一瞬たじろいだが、朔那の手を取り自分の口元に寄せた。
壊れ物を扱うかのような仕草に、朔那は少しだけ目を細めた。

「信じて。俺は誰よりも君の味方だ。朔那が大事にするものなら、俺はそれだって守るよ。だから君の傷つくようなことは絶対にしない」

悲痛な瞳で訴えられ、朔那はたっぷり一呼吸分間を置き口を開く。

『……疑ってはいない。だけど、あなたは本来誰にも無頓着だから。いつも私のためにと周りを切り捨てる…』

「……"いつも"…?」

『…私の害になるようなら、あなたはいつだってそれを切り捨てる。約束して、瑪瑙。私のためを免罪符に、彼らを切り捨てないで』

自分の服にすがりつき懇願する朔那に瞠目する瑪瑙は、悔しそうに眉根を寄せた。

「朔那を、そこまで動かすのはあいつか…」

『……瑪瑙…?』

「……ムカつく」

『、』

何かが壊れる音がした。
硝子にヒビが入ったように、何かが割れる音がしたのは……気のせいだろうか。
瑪瑙、と呼びかけた言霊は、その名の持ち主によって塞がれた。
重なっていた影が離れると、満足そうに笑う瑪瑙の顔が近くにあった。

「お駄賃、ってことで」

『…セクハラって知ってる?』

「セクシャル・ハラスメントのことだね」

『よし、一発殴られようか』

「ストップストップ!」

殴りはしなかったものの、しばらくは瑪瑙を無視することを決めた。
瑪瑙は午後の最初の競技に出場するので先にグラウンドに戻った。

『………ん?』

午後一の競技は借り物競争。
これもまた障害物競争とは違う意味で人気な競技。主に観客が。
出場者は言わずもがな。
そんな競技で棗に似た人物を見つけた。
背格好と言い髪型といい…酷似する部分が多すぎるため本人かと思ったがそんなはずない、と可能性を頭からかき消した。

「…………あー……日向君だ」

「、」

同時刻、棗と同じ順番で走る瑪瑙が気づいて声をかけていた。
何だかんだで話すのは初めてなため、棗は警戒の色を隠そうともしなかった。

「なんでお面?それアリス制御のでしょ」

「………」

「ふふ、まあいいけどね。俺には関係ないし。あの子に迷惑がかからなければそれでいいし」

瑪瑙の言う"あの子"を察した棗は面の下から燃えるような赤い瞳で瑪瑙を睨みつけた。

「睨んでも無駄。俺はそこらのやつとは違うからね。君のことなんて怖くない。
それに、女一人にヘコヘコしてる君なんか、怖がる気にもならないよ」

「…っ!!!」

「怒るなよ。競技中だぜ?」

明らかな挑発とも取れる発言に思わずアリスを発動しかけた棗。瑪瑙に言葉で先手を取られ怒りを暴発させる寸前で留めたものの、呆れた溜息とともに吐かれた言葉に再度怒りが爆発しそうになる。

「……ガキだな。これくらいで取り乱すなんて…」

「てめ…っ!!!!」

「調子に乗るな。大したこともできないなら大人しく偽りの女王様に仕えてろ」

小学生とは思えない鋭い目つきで睨まれ無意識に体が竦む棗を嘲笑し、視線を外した。
瑪瑙の目線を追うと、そこには退屈そうに空を眺める朔那の姿があり、瑪瑙が手を振るのに気づくと仕方なさそうに笑って小さく振りかえした。

「朔那は、お前には無理だ」

ポツリとつぶやかれた言葉は、ピストルの音にかき消されて棗の耳には届かなかった。

借り物をするために書かれた紙が入っているボックスのところに走る瑪瑙が笑っていることに朔那首をかしげた。
そういえば、瑪瑙に借りにくいものなんてあるのか…。
いつも飄々と笑っている瑪瑙に苦手だと思う物があるのだったら朔那は見てみたいと思った。

『昴…フリーズしてる…?(いったい何を引いた)』

瑪瑙と同じく第二走者だった昴が固まっていることに気づき、引いた内容が非常に気になるが、背後で蛍が魔王のような笑い声をあげているのに合点がいき、とりあえずはご愁傷様といったところか。

『(ハハハ、相変わらず容赦のない紙…)』

と、思うが本当に容赦がないのはこんな競技を考え付く学園ではないだろうかと近年思ってきた。

『、わ…っ!?』

そんなことを考えていると、いきなり腕を引っ張られコースを走らされた。
面をした、棗に似ていると思った選手だ。

『……え…?』

《ゴール!一番手、二年草巳選手!間もなく花火とともに判定が下ります!》

空に打ち上げられる花火は選手達が引いた借り物の内容が書かれている。
ゴールした直後に打ちあがった花火に書かれてあった内容は

""守りたい人""

《判定出ましたー!可です!草巳君、正真正銘全校生徒の前で愛の告白成立です!》

『あ、』

走り出した草巳という男の面の影から見えたピアス。
追いかけようとした朔那を瑪瑙の声が引き留めた。

「朔那っ!大丈夫!?」

『瑪瑙……うん、平気…』

「(あいつ……っ)」

『ところで瑪瑙…競技は?』

まだ競技の最中ではないだろうかと思案した朔那に瑪瑙の思考は中断され、安心させるように笑った。

「大丈夫、なんか紙が白紙でね。俺に苦手なものってないみたいだから不戦勝?」

『………』

語尾に星でもつけそうな勢いで告げた瑪瑙に思わず朔那は無言になった。
苦手なものっていうか、借りづらいものがないっていうのはつまり誰にも何にも遠慮などする必要もないと思っているわけで。

後に、出場した選手は偽物だったと判明し、白のペナルティ負けに怒り狂う白組は筆跡をもとに犯人捜しに勤しんでいた。

『(あれは確かに……でも…)』

そんなはずがないとわかっていても、確定要素が多すぎて直感が正解だと囁いてくる。
晴れた空を見上げ、朔那は泣きそうな気持ちでつぶやいた。

『……棗……』




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(加筆・修正:2018/02/03)
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