池袋

□Cherry blossom
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「瀬納さん、卒業おめでとうございます!」

『…ありがとう』



3月半ば。
来神高校では卒業式が行われていた。
三年生である柚芽も左胸に花をつけて佇んでいた。

桜の木の下で校舎を見上げる柚芽に話しかける人が絶えないことに、静雄がイライラと眉間に皺を寄せる。



「(くそ…っ柚先輩に話しかけられねえ)」



声をかけようとすると、決まって誰かが邪魔をする。
意図的にではないにしろ、いい加減イライラする。



「せんぱ…「瀬納さんっ今いいですかっ!?」



ほら…話しかけようとすると、こうだ。

赤い髪をした男は柚芽と共にどこかへ去ってしまった。


「またかー」
「瀬納さんてやっぱりモテるよねー」
「今のって一年の原野君でしょ?どうやって知り合ったんだろう」
「瀬納さんが保健当番の時に知り合って、原野君の一目惚れらしいよ」



筒に入った卒業証書を手にした卒業生の女子達の話に聞き耳を立てる。

一目惚れ、ということは告白かと何だか複雑な気分になった。
足を向けようとするが、少し行ったところで止めてはまた向ける。その繰り返しだ。



「………」



結局来た。



「(立ち聞きなんて好きじゃねーが…)」



校舎の陰…人目につきにくい場所だ。卒業式である今日は尚更だろう。

遠目ではあるが、二人のシルエットが見える。



『……ありがとう…でも、ごめん……私じゃ、ダメだから…』

「ダメって…どういう、」

『…私には、同じように気持ちを返せない、から…』



好きになってもらっても、自分は好きという気持ちを抱けないから、と。

小さく、けどしっかりと告げる柚芽の表情は、やけに寂しそうだった。



「…分かりました……でもっ俺諦めませんから!また会いに行っていいですか!?」

『…うん……待ってる、よ…』


必死な男の姿に、柚芽が小さく頷き微笑むと、顔を赤くして深く頭を下げて行った。



「(…くそ…っ、何してんだ俺は…)」



柔らかく微笑んだ柚芽の笑みを向けられたあの男にムカついた。

自惚れていたのだ。あの微笑みを向けられるのは自分だけだと。けしてそんなことは無いのに。



『…シズ…』

「うぉ!?」

『何、やってるの…?』



いつの間にか座りこんでおり、そんな自分を柚芽は覗き込むように正面に座っていた。
さっきの微笑む姿はどこにも無くて、ついその白い頬を引っ張った。



『……?』



痛くは無いだろうが、引っ張られたまま首を傾げるのはどうだろうか。

その動作にきゅんときた。



「す、すみません…」

『大丈夫……何か話し、あるの?』



頬から手を離すと、黒水晶のような瞳で見つめられたと同時に、ドクンと身体が鼓動した。



「………外国、行かないで下さいよ」



ただでさえあんたは遠いのに、外国にでも行かれたら。

無性に泣きたくなり、曲げた膝に置いた腕に顔を押し付けた。情けねえ、と自己嫌悪していると髪を温かい手が左右に動く。
柚芽の、手だった。



『……大丈夫…


…大丈夫』



柔らかい声に押し付けていた顔を上げると、笑っている柚芽。
撫でていた手を離し、静雄の顔の前に差し出した。



『行こう…』



差し出された手を掴まない理由など無く。
子供があやされるかのように、ゆっくりとした歩調で歩いて行った。

風に乗って揺れる黒く長い髪を一房手に、小さく口付けた。





吹く風に桜が舞う、3月のことだった。





Cherry blossom(英語:桜の花)




(そして)(彼女は)(来良大学へと進んだ)

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