時少。

□39
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暗く明かりのない部屋で、朔那は椅子に座る華奢な影と向き合っていた。
湿る手を握りしめて気丈を保つ。

「朔那、君に任せたい仕事がある」

わざわざ校長直々にとは珍しい、と朔那はまばたきした。

「少し厄介な事案でね。他の者に任せるより君に任せたい」

『…わかりました』

「そういえば、鳴海先生はあくまで自然治癒したと言っているそうだね」

それは以前朔那が報告した内容についてだった。
アリスで取らせる前に、どうやら薬で治ってしまったようだと朔那と鳴海で口裏を合わせた。
校長も納得したはずで、今さら聞いてくることに朔那は首をかしげた。

『…?はい、佐倉蜜柑と必要以上に接触していたようには…』

「そうか…」

仕方ないと校長の声がした。
それに含まれた不穏な言霊を感じ、嫌なものが背筋を伝った。
思わず踵を返して部屋を出ていこうとする身体を理性で押さえつけ、蜜柑の無事を祈る。
駆けつけたいが、任務はこなさなければせっかく築いた信頼が水の泡だ。
朔那はペルソナとともに任務地へと足を向けた。

『今回も完全消去(コンプリート)でいいのね?』

「ああ」

『(完全消去なら時間はかからないけど…)』

追加で仕事はないのかと聞けば、あと2件あるそうだ。朔那はそのタイミングの良さに歯噛みした。
任務実行から完了までのスピードは朔那が危力系の中でダントツだが、移動時間に時間をとられてしまうので学園に戻るのは早くても明日の昼過ぎになるだろう。

ターゲットは学園を狙う反組織。
今夜は夜会と称して幹部クラスが会合を行うと情報が入ったという。
幹部クラスともなると、その護衛人数は桁違いに多く、スムーズかつ秘密裏に処理するには朔那の能力がぴったりだというのだ。

『…さて…』

まずは門前に立つ体格のいい二人。
狙いを定めた朔那は無防備にふらりとその二人の前に立った。

「……」

子供でもぐっと警戒を表した二人に、朔那は感心した。

「Who are you?」

英語での質問に、外国から雇われたのかと納得した。
答えない朔那にもう一度、怒鳴り声で問われる。

『Shi-…』

耳障りなその声に、朔那は指を一本たて、ジェスチャーする。
気に障ったのか、素早く銃口を向けた二人は引き金を引こうとした。
しかし、その指が動くことはなく、二人の表情は驚愕に彩られる。
動かそうとしても動かない。声をあげようとしても声が出ない。
何が起こったのかわからず、目の前の少女を見つめた。
笑うことなく、人形のような無表情。自分達の半分にも満たない子供の表情ではない。
朔那は静かに囁くように二人に語りかける。

『Do you know Alice ?』

はっと二人の顔色が変わる。
その様子を見て朔那は固まる二人の横を通り抜ける。
まもなく6月にもなろうとしている季節。少し汗ばむくらいの気温のはずなのに、真冬のように寒く、二人は震える。

「Hey! What are you doing !?」

門をくぐったところで別の男が銃口を向けて叫ぶ。
それを一瞥すると、男の体は動けなくなる。
恐らくその男が護衛のリーダー格だったのか、動かないリーダーに反応してその部下たちが次々に銃を抜く。
何十という数の銃口が発砲される間際、息をついた朔那は『quiet』と一言つぶやく。

パン!と響くはずの音は無音。
打つために引き金を引いた指は凍りついたかのように動かない。

「!?」
「−−っ!!」

パニックに陥って声を出すにも喉はヒューヒューと空気を吐き出すだけだった。
そんな男たちには目もくれず、朔那は屋敷へ踏み入った。

「Run away!」

『……』

一気に騒然とした屋敷内は護衛の男たちを盾に幹部クラスと思われる人間が駆け回っていた。

「What is the purpose!?」
「Do you want money!? How much is it!?」

『Noisy…』

はあ、とため息混じりの呟きに彼らはぐっと歯噛みした。
自分の倍もある体格の男たちに囲まれ、銃口も向けられているのにその余裕の現れに恐怖を感じる。
少女の目的は金ではない、とすれば命か。
そこまで考えたところで、少女が身にまとう服装にやっと気がついた。

「That uniform…Alice school…?」

愕然としたつぶやきを聞いた少女はやっと無表情を崩して笑った。
その笑みはまるで−−−

『That's Right』

幹部だけでなく護衛の男たちもその場から逃げ出そうと駆け出した。
一人として少女を撃とうとする人間はいなかった。

背を向ける男たちを横目に、少女は手を叩く。
パンパン、と騒々しい屋敷中に響かないはずの音が鳴った。
なんの音だと思った瞬間、闇に捕らわれた。

『Scattered』

距離をとったはずの少女の声がまるで耳元にいるかのようにすぐそばで聞こえた。
ぞっとしたのを最後に、男たちの意識は消えた。

「…dark alice…」

静かになった屋敷を出た少女は、門のすぐそばでへたり込む年若い男を見つけた。
その男は少女を化物を見ているかのような恐怖に彩られた目で見つめていた。
ああ、と少女は何の感情もない琥珀色の瞳で男を眺める。

『屋敷の外に出てたのね…逃げ足の早いこと』

「Keep away…!」

パン!と少女に向けて1発発泡されたが、かすることなく横を通過した。

「You…!You are dark alice…!」

銃を構える腕が震え、声も震えている。
文字通り恐怖に震える男は異国の言葉で少女を嬲る。一瞬にして壊滅された組織。
最後に「You are dead…!」と叫ぶと、その男は苦しそうに息を詰め、そのまま倒れた。

『……』

「終わったか。さっさと止めを刺せばいいものを、言の葉返しなど面倒なことを」

ため息をついたペルソナが告げた。
"言の葉返し"とは、自分が告げた言葉がそのまま自身へと返ってくる"言霊のアリス"の力である。

『逃げ切る運があるなら、最後まで運があるか試してみようかと思って』

「……ふん、次へ行くぞ」

催促するペルソナが車を発進させる。
次の場所まで1時間はかかるそうだ。
暗闇の中で朔那は自分の手を見つめた。

『………』

「それにしても、相変わらず見事な手際だ」

『あまり嬉しくない褒め言葉ね』

言霊のアリスで相手を縛り、動きを止める。
門で見張る男たちを静かなまま制圧したことで、屋敷に入るのもスムーズだった。
言霊は相手が意味のわかる言葉でないと意味をなさない。言葉は伝わって始めて意味をもつからだ。
門に足を踏み入れたときからマリオネットのアリスで屋敷全体をマーキングしていた。
その範囲内で音が響くようにし、手を叩くことで音が響く道をつくったのだ。
その音が聞こえた者を対象に、言霊のアリスで任務を完了させた。

人数が多い割に、かかった時間は30分に満たなかった。
その上朔那自身にはかすり傷ひとつない。
最小限のリスクで最大限の結果を出す。
これこそが朔那の実力が危険能力系において頭ひとつ飛び抜けている理由である。

朔那はぎゅっと手を胸の前で抱きしめる。
自分の能力に違和感を感じていた。
以前より力が増して、コントロールが効かないような、そんな違和感。

「どうかしたのか」

『……何でもないわ』

「次の場所に到着した」

車を降り、先ほどと同じような手順を繰り返した。
騒がしいほどの人の気配を感じなくなった、何もない光景を呆然と見つめながら、朔那は1分でも早く学園へ戻るために車へと戻った。
大勢の命をなくすことに躊躇いはなくなった。
彼らを消さなければ、こちらの領域が侵されるのだ。
優先順位のある朔那にとって、その他大勢はどうでもよかった。
ゆっくりと止まった車は、信号待ちのようだ。
赤信号を見て連想するのは、やはり…。

『(ああ、でも……棗のはもっと…)』

妙にぼんやりとする頭で考えていると、眠いのなら寝ていろとペルソナから声がかかる。
そうか、眠いのか。と自覚すれば瞼がどんどん重くなっていった。
ああ、会いたいなあ。意識が閉じる瞬間、それだけが頭に残った。


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(加筆修正;2018/09/20)
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