夏色

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「…い、おい!お前!」
『…………(騒がしいな)』
「てめ…っ!無視か!おい!お前だよ!そこの金髪!」
『………は?』



用も済ませたし早く走っている奴らに追いつかないと、と考えているとやたらと周囲がうるさい。
呼ばれてるのに気がつかないやつは誰だよと思っていたら俺を呼んでいたらしい。
野球部スタイルのそいつは俺より数歩離れたところで止まり、舌打ちを隠すこともなく毒づいた。


「っくそ!暑イなか走らせやがって!呼んでんだからとまれよ!」
『名前も呼ばれずに"おい"だけで止まるなら人間全員止まりますが』
「何ぃーっ!?」
「榛名!」


そう呼ばれた男の後ろから、また野球部スタイルの男。メガネ付。
先ほど阿部を呼んでいたときに後ろから急かしていて榛名の壁をやっていた男だ。
いかにも気弱そうでお人好しそうなタイプ。反して榛名は…まあ典型的な俺様タイプ…。


『阿部なら帰りましたが』
「ああ!?待ってろっつったのに!」
『こちらも団体行動中なので』
「君は一緒じゃなくてよかったの?」
『俺は別の用事があったので特別にです。阿部に伝言があるなら伝えますが?』


最後の言葉は榛名…サンに向かって言った言葉。
榛名サンは「あー」やら「うー」やらと呻いた後、少し目を泳がせてその提案を断ってきた。
阿部に用事があって俺を呼び止めたんじゃないのか?
不思議に思っていると、やけに真剣な表情で俺を見る視線に気がついた。


「お前、さっき関係者以外立ち入り禁止の扉から出てきたよな」
『はあ…』
「お前、誰?」


意図がわかりにくい質問だ。
後ろの彼も疑問符を頭に浮かべて背後から榛名サンを見ている。


『立ち入り禁止区域から出てきたのは、家庭の事情。
誰、という質問が名前以外を示すのなら答える義理はない』


途端にカッと熱くなったのか掴みかかってきそうな榛名から視線をそらす。
もう行こうとして身体を翻すと肩を掴まれた。あまりにも強いその力に顔を歪めた。


「待てよ!」
「榛名!放せって!」


子供が癇癪を起こしたようなその行動に、呆れて溜息を吐く。
それにもまたカチンときたのか「てめっ!」と胸ぐらをつかんできた榛名の手を掴んで後ろに回す。眼鏡をかけた男の人が顔を青くした。


『……投手だからって、容赦はしない』
「……ッ!」


顔から血の気が引いていくのが見てわかり、パッと手を離すと警戒した猫のように飛びずさった。
一応、逆の手をやったんだけどな。
まあこれで近づいては来ないだろうと思い今度こそと思って足を踏み出そうとしたその時、また榛名に呼び止められる。


「お前…名前は」
『……狭霧蜜弥』



肩ごしに一瞥すると、榛名の目は乱暴にされた俺に対する怒りも憎しみも宿してはおらず、それに対して俺はただ不思議に思った。


『すみません、遅くなりました』
「本当にギリギリね!何かあったの?」
『……いえ、特には』


グランドのフェンスをくぐると全員が監督を前に半円を囲っているその中心くらいに三橋が地に伏して泣いていた。
何事だと見つめていると、苦笑気味の沖が訳を説明してくれた。


『投手を増やすことに泣いている?そんなことに?馬鹿か』
「うわあ、直球…」
「二試合とも投げるって言うのよ!」
『正真正銘の馬鹿だったか』


蜜弥の言葉がざっくりと三橋の胸に突き刺さったが目にみえてわかり、励まそうとしている花井と栄口が頬を引きつらせた。


『投手が一人しかいない状態で、故障した場合、体調を崩した場合どうするんだ』
「け、怪我しな……!体調も…!」
『阿部に体重管理されている現状で体調管理をできると?寝言は寝て言え』


三橋が必死に紡ぎ出した言葉を易易と切り捨てたことにより、さすがの百枝も頬が引きつる。
自分でもそこまでは言わないだろう、多分。
それでもまだ引き下がらない三橋にどうするものかと息をつく。
すると田島が千代に借りたペンで三橋の背中にぐりぐりと書き出した。


「"1番"はお前のだからよ!いつもしょっとけ!」



田島の言葉にくる、くるりと見渡す三橋はうれしそうに練習着を眺める。それでいいのかと周囲は愕然としている。
なんて単純なんだ……。

とりあえず一段落し、誰がやるかという話になる。
プロフィールにチェックを入れているのは花井と沖だけのようだが、二人ともそれほど乗り気はなさそうだ。


「それと狭霧君!勝負の時に見せてもらったけど今すぐにでも使えるよね!」
『はあ…でも爆弾と同じようなもん抱えてるんでそれほど使い物にならないと思いますが』
「そうねえ…あまり無理されても困るしねえ…」


今の時点で俺のことは無しらしい。
肘が痛むのはそれなりに痛いし、個人的にはすごく助かる。それでももしもの時は出るつもりだが。
まあ投手より、俺は捕手をどうするのかが気になるわけで。
この中では阿部しか経験者がいないらしい。再び監督の目が俺を捉えたが、肩の良さが第一条件となる捕手に肘の故障を抱える俺をやらせるわけにはいかないだろう。
という考えのもと、監督が指名したのは田島だったのだが、その田島もあまり興味がないらしい。


『田島は何でサードなんだ?』
「だって一番強い球が来るから!」
「サードよりもっと強い球が来るトコあるよ!」


監督によるキャッチャーの面白さという話により、田島が捕手に決定した。
投手ともども単純だな、こいつら。


各々の練習が始まり、田島が防具などをつけるのを遠目から眺めていると監督がガッ!と田島のミットを掴み威圧を与えていた。……何か脅してるぞあの人。
その横に視線をずらすと、三橋と阿部が何かを話している風だった。向こうも向こうで何か色々大変だな…。

キャッチャーの条件としてあげられるのは肩、フットワーク、それから頭の良さなんかもあればいいが、コミュニケーションなんかもいるとか聞いたことがある。

投手もそうだが、試合は捕手が決め手になることもある。捕手がダメなら投手の実力は引き出せない。それは負けにつながるだろう。

見る限り、阿部のコミュ力低そうだしな…。


『先が思いやられるな…』


ま、何かあればあの監督が何か仕組むだろうし。それほど心配はしていないが。

それより、このチームには色々と仕込みたいやつが山ほどいる。
花井と沖も俺の予想より全然良いし、田島に関しては飲み込みが速いからもう取って投げられる。

育て放題といっても過言ではないメンバーに、ぞくぞくと何かが駆け抜けた。


『(さて、夏大まで二ヶ月…たっぷり育てようか)』



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