小説

□不思議な力
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わたしには、付き合って半年になる彼がいる。

彼は優しいし、いっつも笑顔を絶やさない。

どんなに難しい事を考えていても、必ず目か口が笑っていた。

目は、笑ってるっていうより閉じてるっていうのかな?

見えない筈なのに普通に歩けるし、体育だって普通にやってる。

不思議に思って見えているのか確かめるために、足を引っ掛けようとしたり、顔面を思いっきり殴ろうとした事もあった。

だけど、どっちもよけられてしまい、おまけに「どうしたの?僕、何か君を怒らせるような事しちゃったかな?…ごめんね…」って、優しく抱き締められてしまった…。

あの時の事を思い出すと、本当に悪いなって、殴ろうとした事を後悔してるよ。

ごめんね…。

そして今、わたしは彼の謎を解き明かすために彼の目の前にいた。

「ねぇ、どうしたの?顔近いよっ」

赤くなっている彼の顔に、遠慮なく自分の顔を近付けるわたし。

「いや、薄目開けてるのかな〜と思って…ねぇ、何で見えふっ!!」

最後まで言い終わらないうちに、彼がわたしの唇に唇を重ねた。

そういえば、わたしが喋ってる間、いつもと違った感じでニコニコしてたような…って、これわたしのファーストキス!!


慌てて離れようとしたら、彼の片腕がわたしの体に回り、もう片方の腕でわたしの後頭部が押さえられた。

少し抵抗してみたけど、彼の力が強過ぎて動けない。

体がさっきよりくっついちゃってて恥ずかしいし、暫く脳に酸素が送れなかったので気を失いそうになった時、彼の後頭部を押さえる力が弱くなった。

──今だ!!

直ぐに唇を離し息をつくと、自然と涙ぐんでいた。

「あっごめんっ!!僕、前から君とキスがしたかったんだ。でも中々タイミングが掴めなくて…そんな時、君から僕に近付いてきて、今はまだ駄目だって頭では分かってても、その…君の唇があまりにも魅力的だったから我慢できなかったんだ…理性だけじゃ、自分を止められかった…嫌、だったよね…」

「やじゃないよ!!やじゃないけど…タイミング悪過ぎだよ…」

言った後、涙ぐんでいた目をさらに潤ませてみせた。

実は、涙ぐんでたのは苦しかっただけだったんだ。

勘違いして慌てて説明している彼を見て、面白かったから言わないでいたけどまさかそんな事を思ってたなんて…。

あんな事聞いちゃった後に「涙ぐんでたのは苦しかったからだよ」なんて言い出せなくなっちゃったから彼の勘違いに乗るしかなかったのだ。


「もしかして、ファーストキスだった…?」

恐る恐る聞いてくる彼に、わたしは空涙を流し、頷いた。

始めは1粒2粒程度の涙しか出なかったけど、何故か思っても見なかった量の涙が次から次へと溢れてきた。

「そっか…それじゃあ普通に謝っても許してくれないよねぇ…」

言いながら、何だか余裕の笑み。

何?

何か悔しい。

もっと泣いてやろうかと思ったその時、彼の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

「じゃあ…一生君の側で甘くて幸せなお菓子を作ってあげるから…許して…?」

耳元でそう囁くと、今までわたしの後頭部にあった腕が体へと滑り、2つの腕で、優しく、でもしっかりとわたしを抱き締めた。

これは…プロポーズ!?

「あっ…ご、ごめん!!これは、ただ苦しかったから泣いてるんであって、別に嫌だったからじゃないの!!逆に嬉しかったし、もっとして欲s…はっ!!」

慌てて口を塞ごうとしたけど遅かった。

耳まで熱くなって、頭から湯気でも出ているんじゃないかって思っていた時、彼がいきなり笑い出した。

「ぷふッ…ふっ…ふふふふ」

「えっ!?何で笑ってんの!?」

「分かってたから。嘘泣きだって…ふふっ」


「えっ!!何で!?何でよ〜っ!!」


一生懸命演技してたのに、それが見透かされていたと知って、凄く情けなくなった。

情け無くなって、彼の背中を叩いた。

「馬鹿ぁ〜!!」

「ありがと」

「へ?」

「また僕に、大切な話を切り出すチャンスをくれた」

「…」

「返事…は、いつでも」

「はい…」

「ん?」

「ゆ、許してあげるって言ったの!!ただそれだけだけですぅーっ!!」

次の瞬間、彼がいきなりわたしの肩を掴み、少しだけ体を離した。

その動きが早過ぎて一瞬怖くなり、一歩後ずさる。

彼とわたしの間にあった暖かい空気が、風によって冷たい空気に変えられた。

「…」

ちょっとした沈黙が続く。

彼が怒っているのかと思うと、怖くて目線を合わせる事が出来ない。

「…可愛い」

「はっ!?」

予想外の彼の発言に驚いて、つい目を合わせてしまうと、頬を赤らめ、見た事もない程キラキラした彼がわたしの瞳に映った。

「あのッ…一生幸せにっするから…」

さっきとは違う余裕のない彼。

途切れ途切れに言葉を繋ぐその様子を見て、さっきの沈黙は声が出せない程気持ちが高ぶっていたからだったんだと分かると、凄く安心した。
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