求愛ガール


□第五章 少女は愛に笑う
1ページ/10ページ

 
寒い。

息が空気を白く染める。

冷気が肌を刺す。


けど、熱い。



「ッ……よ、っと!」



手の内にあったオレンジ色の大きなボールは、綺麗な弧を描いてリングに吸い込まれた。


重力に従って地面に落ちたその大きな蜜柑は、彼の長い腕にひょいっと拾い上げられる。



「……ないっしゅ、俊くん」



腕まくりしたYシャツで汗を拭いた俊くんは、やけに神妙な顔で近付いてくると呟いた。



「どっか…調子でも悪いんですか?それとも、怪我してるとか」



あたしを見つめるその訝しげな目に、彼の茶色の目のなかに映るあたしの顔も、訝しげに曲がる。



「いや?」



調子も悪くないし怪我もしてないあたしは、彼の腕から大粒の蜜柑を引ったくると、静かにドリブルし始めた。



「じゃ、じゃあ具合悪いとか」



なおも食い下がる年下くんに、大きなため息をひとつ。



「…あのね。調子悪いと具合悪いって同じ意味だから」



心配そうに顔を覗きこんでくる彼から、あからさまに顔を背けた。



「…大丈夫ですか?」

「だから何が」


「…」



そっけないと言うにはいささか冷たいあたしの態度に、彼は困ったように首を傾げる。



バスケを再開させてから2日目。



彼は未だ、触れてはこなかった。


今じゃ、触れてこないどころか触れようとするそぶりさえ見せない。


それが無償にあたしの神経を逆なでする。



今までは必ずバスケを始める前に、ギューッと強く抱き着いてきたのに。


別れる時にはキスをしてきたのに。



触らない、というあの言葉を本当に実践するらしかった。



「…バスケ、つまらないですか?」


「楽しいよ。とってもね」



しゅっとボールを飛び立たせてリングのなかに落とす。


絡み付く視線から逃れて、脱ぎ捨てたカーディガンを手にとった。



それを見た彼が、拾った特大蜜柑を器用に指先で回しながら、聞いてくる。



「もう帰っちゃうんですか?」


「次の時間、移動教室なの」



暗色のカーディガンは、触れると案外温かかった。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ