memory
□カーテンは閉めたまま、
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もしかして、と思う時があった。
異様に後ろが怖いと感じるようになったのは、つい最近か。
いや、たぶんもうちょっと前だろう。
暗闇が怖い、と感じるようになった。
背後の気配に、敏感になった。
夜、誰かがいるような気がした。
カーテンは、それから開けたことがない。
「……どうしました?」
「――へっ?」
日が出ている時よりは幾分マシかと思いたい、夜の道。
今日も今日とて、大学とアルバイトとの一日を終え、またいつも通りのシフト終了時刻に迎えに来てくれたコンラッドに送ってもらっているところだ。
別に大丈夫だと断っていたのは、ずいぶん昔の話。
今じゃ、バイト先の先パイなんかにコンラッドの迎えは定着しちゃって、彼の姿が見えるのはおれのシフト終了の合図になってしまったくらいだ。
「ユーリ?」
「ぁ、ごめん…。ちょっと考え事…」
覗き込んできた瞳が、きょとりと瞬いた。
は、として謝れば、ちょっと訝しげに寄せられる眉。
ごめんともう一度謝りながら、気付かれないように後ろをチラ見する。
あ、誰もいない…。
一瞬だけだけれど見えたのは街灯に照らされたアスファルトの道だけ。
後は犬の散歩みたいな人くらい…?
なんだ、おれの気のせいか、ほぅと息を吐いて伏せた視線を上げると、そこには不機嫌な顔があった。
「ぉ…?」
「お、じゃないですよ」
薄い唇が珍しくへの字になってる。
しまったと思った時には遅すぎた。
「俺が呼んでもまったくの上の空。誰のことを考えているんです?」
「だれ…て、……ちょっとぼぉっとしてただけだって」
この男は…大層な独占欲を持っちゃって、まあ。
後ろが気になってとは言わない。
へらり笑って暑さと疲れのせいだと、聡い恋人がさらに勘繰ってくる前に逸らした。
「…バイト、そんなに辛いんですか?」
あ、今度は深刻そうな顔になった。
まったく、この男の心配性はまだ改善されていなかったのか。
初めて会った時からそうだ。
ちょっとしたことでも過保護な兄貴より心配してくれて。
付き合う前も付き合う後もそれは変わることはなく、なんだかさらに輪をかけたような気がするのは気のせいか。
だからこそ、と言うワケではないけど、ただでさえ仕事で疲れてるだろうコンラッドにこうしてアパートまで送ってもらっちゃってるのに、さらに最近誰かにつけられてるような気がするなんてめちゃめちゃ心配させてしまう事を言うのは憚られた。
「大丈夫だよ、コンラッド! ただちょっと、ホント暑さにやられただけ」
「……そうですか? …どうせなら、俺にやられて」
「路上で何言ってんだっ、このエロオヤジ!!」
こいつは暑さで頭やられたか。
バンッ、とバイト先のコンビニで二人で食べようと買ったプリンが入ってるビニール袋で思わず殴ってやった。
あ、中のプリンが。
とりあえず、反射的に熱くなった頬を見られてしまう前にと走り出す。
すぐにおれの名を呼びながら追い掛けてくる気配があって。
知らず、頬の筋肉が緩んでいた。
『ねぇ…、オレを見てよ』
ねっとりとした声だった。
ブチッと反射的に通話を切って、ブワリ吹き出してきた冷や汗に携帯を持つ手が気持ち悪い。
かかってきたのは非通知。
何度も鳴るから間違ってんじゃないかと思って出てみたら、鼓膜に入り込んできた知らない男の声。
鳥肌が立った。
汗が吹き出て止まらない。
ああ、体が震えてる。
「ぁ…」
とっさに頭に浮かんだあの人の声を聞いて落ち着こうと電話帳を開こうとした刹那、また携帯が着信を告げた。
相手はわからない。
「―――ッ」
競り上がってくるのは恐怖。
さっきよりもさらに傍から見てもわかるくらい震えきった指で、意を決して通話ボタンを押して。
恐る恐る耳へと持っていく。
「…………もしもし…?」
『ひどいなぁ、ゆぅりちゃん。切っちゃうなんて…』
「―――ひっ」
『あの男よりも、オレの方がゆぅりちゃんのこと一番よく分かってるんだよ? ねぇ…、ここを開けて、オレを見てよ』
ガンッ、とドアが酷い音をたてた。
ビクンッ、と体が跳ね上がって携帯を取り落とす。
声が喉の奥で凍り付いて、ひゅうひゅうとしか鳴らない。
おれが返事をできずにいると、さらにドアは叩かれる。
ノック、なんてものじゃない。
おそらく拳で、夜も遅いのに構わず何度も叩いてきて。
へたりその場に座り込んで、無我夢中で頭に浮かぶ彼へと繋がる番号を押した。