冬空の記憶

□第1章
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ぽっかりと浮かんだ満月は、音の消えた街並みを静かに照らしていた。
相反する闇のコントラストが昼間の喧騒を失わせ、街を眠りへと誘う。
街灯や光1つ存在しない夜道はまるで人が消えてしまったような静寂に包まれていた。
――当然だ。
『ここ』はスラム街なのだから。
常識をわきまえた一般人は決して寄り付かないし、魔界騎士団の目も届かない。

――時間は永遠に流れていく。

今日が終われば必ず明日がくる。そんな根拠のない常識を孕んで、人々は夜を過ごすのだ。
その裏で受け入れがたい現実があることを知らずに。

「は……ひはぁッ…!」

男は、一向に焦点の合わない目で必死に呼吸を洩らしていた。
かちかちかちかち、と奥歯が噛み合う音で何も言えたものではないが。
男の周りには――赤。
血の海だ。
しかし生命を滴らせる液体は彼のモノではない。
2、3はいたハズの仲間はただの肉となり転がっている。
「ま、待ってくれ!」
悲鳴じみた声で叫び、マフィア風の男は『それ』を見上げた。
――ローブを羽織った人型の何か。
年齢はおろか性別さえ分からない。
しかし、その手には仲間を『解体』した剣が握られている。
「なんでだ、なんでオレ達を狙う!?」
「………」
――特に何かをしくじったワケではなかった。
仕事は終えたししっかり金も手に入った。
これからアジトに帰って、報告するハズだったのに。
「な、なぁ見逃してくれよ!アンタもスラムの人間だろ!?」
「………」
男が血の海を這いながら許しを請う。
それを『彼女』は無機質な瞳で見下ろしていた。
冷徹な、感情を灯さない瞳で。
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