07/03の日記

21:49
月白(ヴォルフ)
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『今回だけは許してやるか。
一寸悲しげな顔で、しがみ付きでもすればユーリは絶対に戻って来る。
ごめんなヴォルフ次は絶対にしないよ、なんて頭を下げて。

だから今回だけは許してやろうか。
ぼくには正直、プライドよりもユーリと一緒の時間の方が大事なんだ。

だが、互いの未来なんて本当にあるのか?
どうせ駄目になるなら、早く見切った方がいいに決まっているじゃないか―』









煙草を止めるのと同じようなものなんじゃないかと思う。
ぼくは喫煙の経験が無く、勿論禁煙で苦しんだ事も無いのだが、きっとそんな感じだ。

暫くは禁断症状で狂いそうな程欲しくなる。
が、臨界を超えると、なんてことは無くなるモノ。
あの時の自分は、おかしかっただけなのだ、と。

頭では判っているのだ。
とっくに重度の依存症になっているということも。精神と肉体、両方の依存症なのだということも。

たとえば、電車に乗った時に、当たり前のように右隣に座る人。
当たり前のように一緒に休日を過ごす人。

こころを束縛しあっても許される人。

その人を失うのだから。
きっと想像を絶する寂しさなのだと推し測るに易い。
けれど――今決心した方が傷は浅くてすむのだ。

「・・ああ、いったりきたりだな」

臆病な自分に、知らず笑いが込み上げてしまう。
一人になるのが、こんなにも不安だなんて。
ユーリと出会う前は、ずっと一人だったというのに・・。






月曜日の業後、ぼくは会社近くのカフェにいた。
目の前には、にがり切った表情のユーリ。落ち着かない様子で、乱暴にアイスティーの氷を掻き混ぜている。

そんな顔、お前には似合わないのにな、とぼくはぼんやり考えてしまう。

やがて心ゆくまでシロップを攪拌したらしく、ユーリが重い口を開いた。


「・・お前も電話出なかったじゃん」

週末ユーリから電話やメールが頻繁に入っていたのは知っている。
出たくなかったのだ。

「すまない」
「ま、いいけど。でも、お前誤解したまんまだから、正直やきもきしてた」
「・・・・・」
「俺と南川さんの事疑ってるんだろうけれど、なんもなかったからな」
「そうか」
「・・・信じてないんだろ?」
「ああ、信じていない。どうせお前は南川さんの部屋で、携帯を忘れて来たんだろうが」
「違うって。どこに落したか判んなかったから、お前に返信もできなかったんだよ」

ユーリの言い分はこうだ。

あの晩、確かに酔った南川さんを送ってマンションの前まで行った。
途中着信音が鳴り、発信を確かめようと取りだした。
でも、ちょうど彼女話しかけられたから、慌ててポケットに仕舞おうとした。
その時に落してしまったらしい。

ユーリが去った直後に再び携帯が鳴って、南川さんが気付いて拾ってくれたのだ、と。

ぼくは彼に、嘲笑を混ぜた溜息を吐いてみせる。

「そんな都合のいい話、信じられるワケがないだろう」
「ほんとだってば。みろよ、カメラのレンズに傷がついてるだろ?落とした時に傷めたんだ」
「・・まあ、いい。仮にそんなよく出来た言い訳を信じるとして」
「な、なんだよ」
「お前はさっきからぼくの顔をまともに見ないのだな」

まるで、後ろめたい事でも潜めているみたいに。

ぼくはすこし顎を上げて、ユーリの目を見てやった。こころもち、冷ややかに。

大きく見開かれ、何度も瞬きする、ユーリの目を。

「あやまちは無かったとしても、不義理を働く事は出来るぞ。ユーリ」

たとえば、ぼくからの着信を慌てて隠そうとしたのは、南川さんに知られたくないからだ。
ユーリは、南川さんの好意を、本当は受け止めたいと思っているのかもしれない。


いや、多分・・。
もう受け止めている。


「言ってる意味が判らないよ、ヴォルフ」
「お前の心だ、ユーリ。そしてぼくはそんなお前の心を推し量り続ける事に疲れたんだ」

そう、疲れてしまったみたいだ。
ユーリと彼女の距離が縮まる事を、恐れ続ける自分に。

「ヴォルフ、待ってくれ!俺は」
「すまない。これはぼくの問題だな」


黒いビジネスバッグの、内ポケットをまさぐる。
キーケースの中から一番大きいステンレスの鍵を取りだして、目の前に置いた。

「これはもう、ぼくには必要がない。だからお前に返そうと思う」


隣の席の灰皿から、燻った香りと白い煙が漂ってくる。
視界がどんどん霞むのはその所為だろうか。



結局は煙草と同じで。
その時はいくら苦しんだとしても、時間がすべてを解決してくれるはずなんだ。

だから、ユーリ。
こんな弱虫のぼくを許してくれないか・・?

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