05/08の日記

22:49
褐返
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ポケットから、煩い程呼び出し音が流れている。
俺は発信元をチェックしようと携帯を取り出した。

「渋谷さん、あそこです〜!私の家」

だがほぼ同時に、夜風のおかげで少し酔いの醒めたらしい南川さんが、こちらを向いた。
慌てて携帯を胸ポケットの、元の場所に滑らせる。

「へえ。新しそうで綺麗なとこだね!」
「はい!といっても築三年なんですけど〜」

彼女は小さな駐車場から、斜め前に見えるマンションを指さし「あの、一番上の右端の窓ですよ」と教えてくれた。

街灯も多く、夜にも明るい道は女性の一人暮らしに良い立地だ。
だけどこんな、白を混ぜたような夜空では、晴れた日でも星が見えにくいだろう。

七夕なんてきっと一生拝めないな・・。

そんな、どうでもよさそうな事を考えて。
俺は駐車場を超えた所で、ふと足を止める。
つられて南川さんも、立ち止まった。

「―じゃあ、もう大丈夫だよね。俺はここで帰るよ」

明日も出勤日だ。
早くやすんで明日に備えるに越した事はない。

「・・・はい、大丈夫です。今日は本当に有難うございました・・すみませんでした」
「いえいえ。俺も楽しかった。てか飲ませ過ぎてごめんね」

俺は片手を挙げて、すまない、といった表情を作った。

南川さんは逡巡ののち、じっと目を覗きこんでくる。
どきんどきん。胸が警笛を鳴らした。
黒目がちな瞳が露を孕む様は、男を・・俺を驚かすのに充分だった。

「さっきの話・・」

呟くように言う。
熱を帯びた瞳に反して、言葉はさり気なく唇から流れていくようだ。
今の状態をよく理解できてない俺は、阿呆のように繰り返した。

「さっきの話・・?」
「はい。さっき、渋谷さんが言ってくれた・・」
「・・なんだっけ。いっぱい話したからな。コンラート課長の朝礼後呼び出しの話?あまりの迫力に漏らしそうになったってヤツかなぁ」

話の行先は判らないけれど。逸らすべき方向は判る。
俺はわざとふざけた調子で笑った。

「違いますよ。あの・・私が・・好きな人に告白したら」
「うん」
「・・絶対上手く行くっていってくれましたよね」
「そ、そりゃそうだよ。南川さんだったら大丈夫」
「じゃあ・・!」

一拍の間の後、南川さんは俺の腕を掴んだ。

じゃあ、渋谷さんはどうなんですか?
声が細かく震え、妙に上ずっている。
南川さんが緊張しているのが伝わり、俺も掴まれた腕に力が入った。

「俺・・?俺は・・あの」
「渋谷さんは私の事、どう思ってくれてるんですか?」
「南川さんは、大事な後輩で」
「後輩・・後輩だけですか?」
「モチロンいい娘だといつも思って・・・」

手が離れた、と思った瞬間、体が更に近づいてくる。
ほぼ胸が密着しているという程に・・強く縋り付かれた。

「好きなんです、渋谷さんが・・・ずっと・・!」

駐車場のコンクリートの柱に背中があたる。
南川さんがもう、完全に瞳から滴を伝わせて俺を見上げた。
震える手の振動がスーツ越しにもはっきりと判る。

「始めて会議室で会った時から。渋谷さんに好きな人が居るって判ってたのに諦められなくて。・・少しで良いから好きになって欲しいんです・・!」


二番目でも三番目でも良いですから。

二番目とか三番目とか、何馬鹿なこと言ってるんだよ。


俺は、言葉よりも饒舌に語る彼女の涙に圧倒されていた。


おかしいな。
外灯がどうしてこんなに明るいんだ。
明るいだけでなく、彩度が妙に白々しくて。

今起こっている事が現実なのに、映る情景がどんどん非現実みたいな錯覚に陥ってしまって―。

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