05/01の日記
22:26
黒橡
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自分のデスクで涙を堪える彼女の姿をみるのが辛かった。
いつも明るいほわほわした笑顔や、一生懸命な顔で資料と格闘している姿しか印象になかったから。
まだ新人の彼女を、俺がちゃんと見てなかったのだ。
自分の事にかまけすぎて、後輩の指導をしていなかったなんて、最悪だと思った。
あれから二日後のことだ。
俺と南川さんは渋谷の居酒屋に居た。
―自分の能力ではとても他の競争相手を押し退けて勝ち取るなんてできない。
会社に迷惑を掛けてしまう―
初めは悲観的な言葉ばかり出て来る南川さんだったが、お酒が進むにつれ、やっと自分を取り戻したみたいだ。
本来の彼女らしさ。
前向きで明るい笑顔にほっと胸をなでおろす。
「結局・・・自分が駄目な人間って失望するのが、一番つらいんですよね」
かなりアルコールが回って来たようで、饒舌乍も舌足らずになっている。
明日も仕事なのに大丈夫かな、と思いつつ・・・。
止める事はしない。寧ろ彼女の半分くらいになったグラスに赤いワインを継ぎ足してあげた。
思い返せば、俺も相当酔っていたのかもしれない。
「今回のは南川さんの所為じゃないって言ってるじゃん。課長だって、課の皆だってそう思ってる。寧ろ被害者だって」
「そうですよね。まだまだ挽回できるチャンスがあるんだって判りました」
「うん。こういうの積み重ねて勉強してけばいいんだよ。今回の件だって、代わりに他の契約とれたし」
コンラート課長はさすがだ。
あの後、相手先の上席に話をつけ、結果20億円のファンド購入を取りつけた。
防衛だけにとどまらず、相手との会話からすぐにビジネスチャンスを作るコンラート課長の手腕は見習うべきところだ。
唯のブラコンの変態と誤解してて、申し訳無かったかも。
「でも、私本当に渋谷さんの後輩で良かった〜」
カウンターに並んでいる俺達。
ふわりと体を寄せられて、髪が俺の頬を擽る。
髪だけでなく、密着した体温がなんだか二人の距離を縮めたような気がした。
「俺も、南川さんが後輩で良かったよ」
「本当?本当にそう思ってくれてますか〜」
「当たり前じゃん。一生懸命な頑張り屋で。今の苦労は、いつか絶対実を結ぶよ」
「でも、何もかもダメダメですから。・・・好きな人には絶対に振り向いて貰えないんですよ」
「南川さんが告白して、駄目だなんていう男居ないんじゃない?」
「・・・・・そおですか?信じちゃいますよ」
「信じちゃっていいよ」
「・・・・・・・」
「・・・・・飲もっか」
「はい!もっと飲みましょう。それからデザートも食べていいですか」
彼女がメニューとにらめっこして真剣に悩んでいる姿は微笑ましかった。
ヴォルフラムを彷彿とさせたからかどうかは判らない。
とにかく俺は彼女に気を赦していたんだと思う。
ヴォルフラムとは違う意味での好意を持っていたんだ。自分を頼ってくれる、可愛い後輩、と。
だから、彼女が酔い潰れてしまった時、何の迷いも無く送って行ったのだ。
あのままお店に置いておくわけにはいかないし、南川さんの家は幸運な事に都心にあったから。
彼女を送ってから、埼玉の自宅に戻ればいいと考えたのだ。
初めはちゃんと駅で別れるつもりだった。
が、吐き気を訴えられて。
しかも足元がふらふらで見るからに危なっかしい。変な男にでも絡まれたら大変だ。
取り敢えず、玄関までくらいなら親切の範囲で済むだろう。
「大丈夫?家ついたら水たくさんん飲んで」
「すみません・・。電車の中で回ってきたみたいです」
夜気のひんやりした風が頬を撫ぜる。
俺は見知らぬ町のロータリーを歩いている自分を、どこか遠くから、不思議な感覚でみていた。
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