04/17の日記

22:13
見えない棘
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ビューティーコロシアムの結果は、予想通り、シンマの勝利で幕を閉じた。
まさにヴォルフラム様々。
飾らない素のままの美しさっていうのは、見ているこちら側まで元気を貰えるのだ。

会場の盛り上がりから判断しても結果は文句なし、と思ってた。

勿論唯一人、皿田さんを除いては、だ。




「あーあ、負けちゃったー。今回の余興はどうしても勝ちたかったんだけどね」

皿田さんは、閉会後の混雑の中、俺が偶々一人でいる時を見計らったように近づいてきた。
残念、という割にはサバサバした口調。だけど、今回は、に置かれたアクセントに何か執着の様なものを感じる。

去年と違う所、といえば―。

俺は咄嗟に頭を巡らせた。

聖砂銀行が野球大会も、その後の懇親会にも参加した、という点くらいだろうか。
聖砂銀行は、別名聖鎖国銀行って位だから、つきあいが悪いことこの上ない。

だけど。
聖砂銀行自体、俺らシンマやシマロンといったメガバンクではなく、収益もそこそこの小さな銀行だ。
一寸他と違うのは、頭取が女性、という所か。
確かほっそりした美人で、独身らしいとのうわさだが・・。

もしかして、その荒園頭取の逆玉を狙ってんのかな。皿田さんって結構やり手?

「ま、仕方ないか。他の手を考えなきゃね」
「皿田さん・・?」
「渋谷さんには言っておきます。わたしにはね。どうしてもやりたい事があるんですよ」

彼はテーブル脇に飾ってあった花瓶から、一本の紅い薔薇を抜き取る。
それを光にかざすように眺めたかと思うと、するり、手から零した。
まるで一瞬にして見飽きたかのように。

「うーん・・・。棘が無い薔薇なんて、存在意義すら無くなっちゃうと思わない?」
「あの・・皿田さんのやりたいことって何ですか」

何となく、咎めるような口調になってしまった。
俺の本能が、警告を鳴らしたのだ。
否、むしろ皿田さんからの警告だと感じとったからだ。

「渋谷さんには直接関係ない話。だけど全く無関係でも無い。今わたしの関わっている仕事って渋谷さんと同種なんだもん」
「それ、どういう」
「ふふ。兎に角これからも宜しくね」

口元を釣り上げ、ニコリと笑顔を作る皿田さん。
何か含んだような笑顔は、棘は抜かれても、花自身にも毒があると言いたげだ。
そして皿田さんは足取りも軽やかに、会場を去って行った。


それから数ヵ月後。
彼の宜しくと言った意味がはっきりと形を成す事になる。


プロジェクト推進部、コンラート課長の席には南川さんが呼ばれていた。
この頃彼女は俺のサポートだけでは無く、自分でも案件や取引先を抱えていた。
そこで、トラブルが発生しているらしいのだ。
彼女の取り扱い案件は大型ではないけれど、内容が問題だった。

「カロリア社の株がここ最近シマロン銀行に買われていたらしい。シンマの持ち分より今は多い」

全く気がつかないうちに、それは進行していた。

「もうひとつ、Tぞうグループのネットサービスもシマロンに決まったらしいぞ」

Tぞうの仕事は俺が以前担当としてかなり詰めていた案件だった。
ほぼ決まったと判断されたから、事務的な手続きを南川さんに引き継いだのだ。

だからといって、南川さんの所為だとは思わない。
俺はそこに皿田さんの棘をはっきりと感じとったからだ。

「そ、そうなんですか?先週担当者にお会いした時は別に何も・・」
「全く気がつかなかったのか」
「申し訳ありません!私・・・!」
「判った。すぐに正確な比率を出しておいてくれ」
「は、はい!」
「近日中に俺も一緒に訪問するから、アポを取っておいて欲しい」

元より、南川さんを責めるつもりの無いコンラート課長。挽回する手を考えるべく、パソコンに向かう。

南川さんは席に戻って来るなり、崩れ落ちるように座り込んだ。
目の淵を染め、必死に涙を堪えている姿に胸が痛む。

「・・大丈夫だよ、大して損がでるワケじゃないからさ」
「渋谷さん・・私。もうどうしたらいいのか。全然気付いてなくて。解決方法も判らなくて・・。渋谷さんが頑張ってた仕事なのに・・」
「あ・・と。うん」

とうとう涙を溢れさせた南川さん。
なんとかしてなぐさめなきゃと考えても不思議じゃないだろう?
俺のフォローが行き届いて無かった、という追い目もあったんだから。

俺は彼女の腕に手を置き、そして言った。

「大丈夫、なんとかなるって。俺だって凹むことばっかりだよ。新宿ビルもどうなることやら、だし」
「でも・・私は何の力もなくて、足を引っ張ってばかりで」
「あんまり囚われたら他の仕事も上手くいかないぞ」
「そうでしょうか・・」
「あのさ、近々一緒に飲みに行く?久しぶりに、ぱあっとお互い。気分転換にさ」

南川さんは指の腹で目をこすった。
誤魔化そうとしているのか、頬をこすったりもしている。
そして俺に向かって精一杯の笑顔を作ってみせた。

「是非、お願いします。渋谷さんのお仕事の話も聞きたいです!」



一つの小さな歯車が動きだすと、それにくっついている中くらいの歯車が。
そしてさらにその周囲が動き始め、自分の世界を足元から崩すのかもしれない。

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