04/10の日記

23:12
Competition for flowers
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圧倒的な美っていうのは存在すると思う。
今俺の目の前で展開されている光景がそうだ。

シマロン銀行の皿田さんは、レモンみたいな透明感のある金髪をしている。
眼鏡の向こうの瞳も淡い金色で、肌の色は透けるような白だ。

そんな、まるで儚い蜻蛉のごとくゆらゆら揺蕩う皿田さんがだよ?
強烈な紅色のチャイナドレスを着ちゃってんだから。そりゃもう、インパクトがあるのなんのって。
なんというかとってもデカダンスというか、芸術的というか。
俺はボキャブラリーが無いから良く判んないんだけど・・・。要は魅力的なのだ。

多分その細い首を飾るアクセサリーも、全てが超一流品なのだろうと判断できる。

このホテル大蔵、ダイアモンドの間にいる皆さんは間違いなく、圧倒されていた。

ステージは下剋上。
カヴァル銀行のメイドさん風女の子はきゃーきゃー興奮している。
聖砂銀行の子に至っては屈辱のあまり肩を怒らせていた。

「予想通り・・やっぱり美しいですねえ、皿田さんって。思わぬ目の保養をさせて頂きました」

と、南川さんが羨望の眼差しで言えば、駄粕さんは―。

「うん。なんでこの人が一銀行員として働いてるかって疑問だよなあ。おねえキャラ作ってテレビに出れば儲かるんじゃない?」

下世話な発想はお約束。

そんな中、コンラート課長は俺と同じ気持ちでいるようで、黙ってステージを見つめ続けている。

判っている。
次に出て来る、ヴォルフラムが心配なんだ、と。
言っておくが、ヴォルフラムの美貌が皿田さんの美貌に劣るとは思ってはいない。

アイツには皿田さんには無い、陽性な色気があるし。なにより清潔で、光り輝く様なオーラを醸し出しているのだから。
惚れた欲目ではなくて、本当にそうなのだ。

だけど、残念かな。準備が全く整っていない。
つい数時間前にピンチヒッターとして打席に立つことが決まって、服を借りて。
靴と化粧品はグリ江ちゃんが自分のお店で売っているのを持ってきてくれた。

メイクもグリ江ちゃん担当らしいから、ベタベタペンキを塗った様な白塗りカベにされるに決まっている。

ああ・・・!ヴォルフラム!!
アニシナ課長の仰る通り、どうしてこの世にミスコンなんてものが存在するのだろうか・・!

神、もといアニシナ課長に祈れども無情にも時は進んでゆく。
司会者がマイクを握り直した。

「次はシンマバンクのヴォルフラムさんっ・・です・・!!」

とうとう来た、ヴォルフラムの番だ。

俺は我を喪って、馬鹿みたいにヴォルフラムの姿を追った。


ふわり、ふわり。
優しいさくら色が、春風のようにステージを渡ってゆく。
長い冬を耐えて咲く桜は、潔く華やかで、でも凛としている。
それは当にヴォルフの色。
俺の目には、本当に花びらが舞った様な錯覚に陥ったのだ。

司会者がヴォルフラムを紹介するも、蕩ける蜂蜜色の髪に心奪われているのか。目を何度もパチパチ瞬かせて言葉を詰まらせる。

ヴォルフラムはシンマバンクの事務服を着ていた。
ごくごく一般的な事務服は、主に預金の窓口や、事務方の女性が着るものだ。

白いブラウスにピンクチェックのベスト。
紺のミニスカートが軟そうな太股をギリギリのラインで隠していて、そそられる。

見慣れた筈のヴォルフラムが、今は何だか知らないコのように眼に映る不思議。
平たく言えば、俺は自分の恋人にたっぷりと見惚れてしまったというワケだ。

スカートが恥ずかしいらしく、ヴォルフは内股気味に歩き、慣れないヒールをかくんとくねらせた。

そして、誤魔化そうとしているのか、ツンと唇を尖らせる。

可愛い。
これはもう、破壊的に。

それはいつものヴォルフが持っている、手の届かない様な美しさじゃない。

こんな子と一緒に働いて、日経平均株価で一喜一憂してみたい。
リーマンショック以降転がり続け、低空飛行を続けている金融業界を一緒に支えて行きたい――!

俺達銀行員にとっては切ない憧憬すら起させる、等身大の可愛さなのだ。

「・・・アイデアも良かったな。怪我の功名だが。我々にとっては結局これが一番美しいんだろう!」

やっと安心したらしいコンラート課長が、勝利の微笑みを俺達に向けた。

俺もそう思うよ。

有難う、アニシナ課長。
協力してくれた、皆。
そして、有難う、ヴォルフラム。


「ヴォルフラムさーん!可愛いー!」

大きな歓声の中、シンマ社員達の声援も飛び、ヴォルフがつられて視線をくれた。

「ヴォルフ・・こっちみた」

不覚にもドキドキっとときめいてしまう。恋に落ちた瞬間みたいに。

でも。
いつもとは違うのはアイツの心がそうだから?

その瞬間、ヴォルフラムの表情が微かに曇ったのを、俺は見逃さなかった。

「・・やっぱイヤだったのかな」

アイツ見かけよりも男前な奴だ。

「そんな訳ありませんよ。親友の窮地を救えて、ビーレフェルトさんだって嬉しい筈ですから」

俺の隣に居た南川さんが俺の背中を優しく叩いてくれた。
慰めるつもりか。
鼓舞するつもりか。

いつまでも頼りない先輩の自分が情けなく、俺は彼女に苦笑いを向ける。

「だったらいいんだけどさあ・・」
「大丈夫、私が保障しますって!」
「うん。有難う、南川さん。俺達の絆は熱くて固いんだもんな。大丈夫大丈夫」

声に出すと、単なる勘違いという気もしてきた。

取り合えず、これが終わったらアイツに死ぬほど沢山ケーキを買ってあげて、ワインも浴びるほど飲ませてやろう。


その時の俺は、ヴォルフラムのお陰でミスコンが上手く行ったことに、言い様のない幸せを感じていたのだ。

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