01/27の日記

00:18
ハト、マメ、キク(ヴォルフ)
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何となく気付いてしまった。

『ユーリを振って傷つけるくらいならば、自分が振られる方を望む』

そんな風に、枷を自分の心に掛け続けている事自体が間違いだったんじゃないかな、と。




「おい、そこのお前。美味いか?遠慮せずにたらふく食べろよ」

ぼくは都民ウェルネスグラウンドの隣の公園で、昼ごはんを食べつつ鳩に餌をやっていた。
鳩は次から次へとやってくる。
だけど、何十羽こようと一時間はもつだろう自信がぼくにはあった。

勿論量だけでなく、味にも自信はあるぞ。

バゲッドは朝、早起きして白金台の実家で焼いたものだし・・。
中に挟む具材にもそれなりにこだわっているのだ。

チーズは農家製。マヨネーズソースはエーフェに習って作ってみた。
アボカドディップには、海老とサーモンを合せて―。

どうだ。その辺の鳩の餌になるには惜しいものばかりだろう?

ぽっぽぽっぽ。
だがしかし、もくろみは甘かった。

鳩は次々舞い降りて来て、揚句雲の隙間からも飛んできて。ぼくの頭や腕を襲撃し始めたのだ。

「ま。待て落ち着け。肩に乗るな!ぼくの頭に糞をするんじゃない!やっぱり少しは遠慮しろ!」

堪らずタコ踊りをするように、ぴょんとジャンプをしてみた。
だが、鳩達は一瞬空中に飛び立つも、すぐに僕めがけて舞い降りて来る。

「――う、うわああ。喰われるっ!」

もう限界。
これ以上悠長に餌をやる事は不可能だと判断したぼくは公園のベンチを後にする。

ああ、全く今日はついて無いぞ。

ユーリは体育館の入り口に居たぼくを確かに見たかと思ったのに、無反応で。
鉄球か爆弾みたいなおにぎりを嬉しそうにほおばっていたっけ。

男心を掴むのは、果してベタなおふくろの味だったのかもしれないな。

(・・サンドイッチだって立派に我が母上の味だが。へなちょこなユーリには判らないか)

ぼくは負け惜しみだかなんだかを心の中で呟きつつ、公園の柵を出た。
だがその瞬間。

「うわっ!危ない!」

出会い頭に人とぶつかりそうになり、思わず後ずさってしまったのだ。

「ご、ごめんなさい〜!!」

目の前の歩道を、見事な黒髪の女性が走り去って行く。
まるでアジアンビューティシャンプーのCMみたいに。

日本人形みたいな黒髪は、茶色にも転ばず、本当に美しい。
あんな美しい髪を持つのは、ぼくの知る限りユーリくらいか・・。・・・・。

「御菊さん?」

頭に一人の女性が浮かんだ。

「・・いやいや御菊さんは、野球の応援に行ってそのままパーティの会場に入る筈。なんといってもビューティーコロシアムの主役だからな」

やっぱり他人の空似だろうと、黒髪女性の背中をぼんやり見送った。
そこで突然、ポケットの中をおなじみの振動が支配したのだ。

見れば、先程可愛い後輩とその家族に囲まれておむすびを頬張っていた例のへなちょこからで。
無視しようかとも思ったけれどユーリがこんなタイミングで電話をしてくるのも妙な話だし・・。
それにさっきの女性もなんだか気にかかる。

ぼくは少し不機嫌な声で電話に出てやった。

「・・・・何か用事か?」
「ヴォルフ!悪い。今話して平気?」
「少しならな」

ああ、少しでもぼくの不機嫌が伝わればいいのに。
ユーリがぼくの事をもっと気に掛けてくれたらいいのに。

「大丈夫、直ぐ終わる。あのさ、アニシナ課長の連絡先判る?」
「課長・・?」

兄品課長なら勿論登録している。
だが、意地汚く海苔でぐるぐる巻かれたおにぎりを頬張っていたユーリが、うちの課長に何の用事なんだろう。

ぼくはぶすくれた声を出すのも忘れてユーリに応えた。

「そりゃすぐに判るが。何があったんだ」
「えっと。オキクさんに連絡がとれなくて」
「御菊さん・・?」
「うん。御菊さんに打ち合わせしておこうと思って探しても見つからないんだ。出ていく姿を見たって人もいるし。携帯もでてくれないしさあ」
「・・・じゃあ、さっき公園の出口で見たのは、やっぱり」
「え?公園?お前今どこにいるの?」
「・・どこにいてもいいだろう?」
「なんだあ。ソレ。・・兎に角、彼女は兄品課長と仲いいからさ。課長から連絡して貰おうと思ったんだよ」
「・・・」

ユーリなんて、嫌いだ。
ユーリなんて、ぼくの気持ちを判ってくれない。いつまでも肝心の部分は平行線で。

だけど、やっぱり、ユーリがピンチに陥ったらぼくも苦しいし、なんとかしてあげたいと思うのだ。

「ぼくが彼女にちゃんと気付いて呼びとめていたら良かった」
「だからお前、どこでオキクさんを見たんだよ」
「・・・都民ウエルネス公園」
「都民・・ヴォルフ、あの、えと。さっき、もしかして―」

ぼくは何となくそれ以上ユーリの言葉を聞いていたくなくて。早々に電話を切る事にする。

「判った。ぼくから兄品課長に連絡してみるから。お前はもう一度センター内をチェックしておけ」

こんな意気地なしの自分は嫌いだな、と溜息を吐きながら。

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