01/16の日記

23:08
堀の深さは・・・
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インターバンク野球大会は、勝ち抜き戦。

俺たちシンマ・スターズは順調に勝ち進み、次に聖砂銀行とあたる。

聖砂銀行は保守的な銀行だ。

一説によると頭取の気質が反映しているとかなんとかで、聖“鎖国”銀行なんて陰口すらたたかれている。
今回は珍しく野球大会参加、その後の懇親会まで参加らしいけれど―。



「弁当と飲み物はどこで貰えるんだ?渋谷」

代打のエース駄粕さんは、さっきから腹が減ったと煩い。

「確か、体育館前って聞きました」

(駄粕さんの)待ちに待った昼休み。
俺達は体育館で食事を取ることにして・・。
入り口で待機している係の人から、弁当とお茶を受け取り、適当な所を探す。

「おーい二人とも、こっちこっち」

見れば、先に来ていたうちのメンバーが手を振ってくれている。
俺達は小走りにみんなの元に向かい、空いてるスペースに腰を下ろした。
ずっと中腰だった所為か、ひざ裏が重い。

「さあ。シンマの名キャッチャー。しっかり飯を食って次の試合に備えてくれ」
「渋谷さんの采配に我らの運命が掛ってるんですからね」
「はあ・・多大なプレッシャーを有難うございます」

例のごとく俺の前にはどっかりと駄粕さん。
隣には、一塁手の比由場さんが座り・・。
ピッチャーのコンラート課長はドリアさんをはじめとする女子社員に固められ、身動きが取れないでいる。

ドリアさん、相変わらずグッジョブ!

俺は甘い卵焼きをお茶で流し込んでから異論を唱えた。

「それにしても。名キャッチャーは止めてくださいよ。さっきだってパスボールしちゃったし・・」
「でもその後見事二塁で刺したじゃん。あれはいい送球だったな」
「・・アウトにできて本当に良かったです。命が無い所でしたから」

ピッチャーは俺を刺すだろう。別の意味で。

「君はやればできる子だ。それより名キャッチャー渋谷君、本題に入ろう。アレをみろ」

箸先を体育館の中心、円陣バレーボール集団に向ける駄粕先輩。
指し箸はマナー違反ですよ、などと窘めつつ口をモゴモゴさせる俺。
口にモノを入れて話すのも、立派なマナー違反なんだけどさ。

駄粕先輩はそんな俺の態度を気にするでもなく、先を続ける。

「カヴァル銀行は可愛い子多いと思わない?飯食った後ちょっと声掛けてみような。一人じゃイヤなんだよ」
「・・一人じゃイヤって、俺も嫌ですよ。それにワザワザ外部を狙わなくても、シンマだって綺麗な人が多いじゃないですか」

これは本当の話。
シンマバンクはレベルが高くて有名なのだ。

「うーん、でもなあ・・。アニシナ会のメンバー達はなあ・・」

駄粕さんは態とらしくブルブル震えて見せた。

アニシナ課長が怖いのは、そりゃ判る。

俺だって毎月の10日、やれジェンダーだのセクハラ反対だのと叫んでいる大会議室には、おっかなくて近寄れやしないもん。

憧れと恐怖。駄粕さんの声は溜息混じりだ。

「綺麗でもさあ、それ以上に個性が強いからな。オレとしては優しい子がいいわけよ」
「・・駄粕先輩は強い女性の嗜虐趣味をそそるみたいですからね。美味しい餌っていうか」
「失礼だぞ、渋谷。でもまあ、優しい女の子に癒されたいってのは本音。疲れる毎日・・・あーあ、あんな子が傍にいてくれたらな〜」

駄粕さんは次は箸ではなく、顎で入り口をさした。早く見ろよってな風に。
つられて入り口に目を向けると、そこには―。

「あれ・・・?南川さんとりんじ君と・・お母さん?」

なんと、南川ファミリーが大きな紙袋を持って立っていたのだ。
そして俺に気付くや否や、りんじ君が手を振り、掛けて来た。

「渋谷くーん!!お母さんがお昼いっぱい作って来たから一緒にどうぞって」

昨日一緒に野球観に行ったばかりなのに、10年ぶりの再会の勢いだ。
手にはちゃんとグローブを持っている所をみると、キャッチボール狙いか。
昼休憩中場所が空いていたら、軽くシートバッティングをしてあげてもいいかもしれない。

「おいおい、渋谷の隠し子か!でけえな」

あくまでも下世話な発想の駄粕さん。

「違いますよ。南川さんの弟さんにお母さん」
「こんにちは、渋谷さん!りんじがどうしても野球大会を見たいというものだから。来ちゃいました」

すみません、と恥ずかしそうに笑う南川さんには、会議室でセクハラ反対を叫ぶ日は永遠に来ない気がする。
なんというか、優しくて気配りのできる女の子なのだ。

俺は、取り敢えずちゃんとお礼を返そうと立ち上がった。

「有難う。南川さんのお母さんの飯は美味いからみんな・・喜ぶ・・・。・・?」

言葉を途中で飲み込む。その時、きらりと見慣れた色が瞳に映ったからだ。

南川さんのお母さん頭越し、ガラス張りのホール内。
太陽が反射したような眩い金色は、一瞬ヴォルフラムを彷彿とするも、アイツは朝一で出掛けたってコンラート課長が言ってたっけ。

(今はやけに眩しくて・・目に悪いかも)

俺はなんだかその色を見ていたくなくて、目を反らしてしまう。

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