ほん
□家庭内・・・会議は歌う
1ページ/3ページ
それは、元同級生の橋本麻美がきっかけだった。
橋本は中学時代はテニス部に所属していて、あの頃はよく・・・。
よく・・・?
ダメだ。全然覚えていない。
その点記憶力の抜群にいい大賢者様は、ほんの数年前の事を思い出すぐらい超朝飯前らしい。
村田からすると、突然親しげに
「渋谷君、元気?」
と話してきた女の子を目の前にして、顔も名前も思い出せないおれなんて。
出来る事といえば四苦八苦する事だけ、という情けないおれなんて。
もはや珍獣以外何物でもないんだろう。
・・・だっておれは野球のルール以外はなにも覚えない主義だったんだもん・・・。
まあそんな事はおいておいて。問題は。
「ねえ、渋谷君。あたし今フリーなんだ。よかったら付き合ってみない?」
といわれた事だ。
彼女いない歴=年齢という余り自慢できない経歴をもつおれからすると夢にまでみたシチュエーションなワケだけど・・・。
以前のおれだったら喜んでOKしたに違いないけど・・・。
でも。
今はなんて言って断わったらカドが立たないかなと本気で悩んでいる。
だってもう、おれには誰よりも大事な人が出来てしまったから。
「ごめん。おれ今彼女とかそんな気分じゃないし。橋本のこと、その、良く知らないし・・」
「えぇ〜?彼女いないんだったらいいじゃん。軽い気持ちで。お試しってことで付き合おうよ」
橋本はそんなにイマドキっぽい外見はしていないけど中身はやっぱりイマドキの普通の女子高生だ。
おれはこんなコと一緒に夏は海に行ってバーべキューをしたり、クリスマスはプレゼント交換したりしたかったんだ。
もう昔の話だけど・・・。
「付き合っちゃいなよー。渋谷。まずは付き合わないと良く知る事もできないしね」
と村田がいつもの軽い調子で口出しをしてきた。
・・・お前の真の目的はおれの幸せなんかじゃなくて、アイツからおれを引き離すことだろ!
そして隙を見て自分がアイツと・・・!
と怒鳴りたいところを我慢し、努めて冷静に話した。
「ごめん。ほんとにうれしいんだけど。おれなんか橋本には似合わないし。もっといいヤツがいるって」
と、はっきりと男らしく断ったつもりだった。
そんな断り方じゃ通じないって?
ほんとそうだよなあ。
でも好きな人が居るって言うと
「どんなコ?どこの学校?」
とかつっこまれるのが目に見えてたから。
説明するのもなんかイヤだったし・・
っていうか異世界の話なんて絶対信じてくれないだろうし。
まあ、とにかくおれのような「もてない君」にしては上出来の、精一杯の断り文句を言ったつもりだった。のだが・・・。
・・・やっぱり通じていなかったのが判明したのはそれから1週間ほど経った頃だった。
その日、おれが野球の練習から帰ってきて居間をのぞくと。
橋本がお袋と仲良くお茶を飲んでいたのだ。
「あら、おかえりなさい。ゆーちゃん」
「勝手にお邪魔してます。渋谷君」
あっけにとられていたおれはきっといつも以上にへなちょこ顔だっただろう。
「橋本、どうしたの?」
「ごめんね、渋谷君携帯持ってないし、お家の電話番号も知らないし。家の場所はなんとなく覚えてから直接来ちゃった」
直接来ちゃったって・・・。
NTT番号案内があるだろ。ウチはちゃんと登録してあるはずだ。
「ねえ、ゆーちゃん。橋本さんがゆーちゃんにってこれをもって来てくれたのよ」
オープン戦のチケット2枚だ。
しかも西武対巨人のゴールデンカード。うぅ・・・よだれがでる。
「明後日のナイター分だからどうしても早めに渡したかったの」
「こんな人気のある対戦カード良く取れたね。しかもこんな急に」
「う・・・ん。お父さんの会社の契約シートらしいんだけど急にいけない人がでたらしくて・・」
なんか歯切れが悪い。どんな手を使って入手したんだろうか。
お金使ってなければいいけど。
そりゃ行きたい。
めちゃくちゃ行きたい。
でも
「あー!!残念。おれその日都合が悪いんだ。もっと早く言ってくれてたら調整できてたかも・・」
今度ははっきり断っていた。
その夜、渋谷家の茶の間は会議室と化した。
議題はおれの恋愛と将来についてだ・・・。