別冊(Req)

□さよならを伝える方法
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迎賓館に帰ったヴォルフラムは、クマハチの卵の前に花瓶を置いた。
もちろん音を立てないように。細心の注意を払って、そっと。

「へえ、さすが閣下。花なんて洒落てますね」
今日もライアンの弟は、卵を見守り続けている。

「情操教育に花を飾ってやろうと思ってな。丁度いいだろう?」
「それはいい考えです。音楽同様、美しいものは良い波動を出しますからね」

ただの思いつきのアイデアを褒められたヴォルフラムは嬉しい反面、少しきまり悪くなってしまった。

「・・。本当はそんな大した考えじゃなかったんだ。唯の思い付きだったんだ・・」
ユーリに貰った、たった一本の花があまりにも嬉しかったから。
この喜びを生まれてくる小さな命にも分けたいと思ったから、なんて恥ずかしくていえなかったけれど。

「思いつき大いに結構じゃないですか。こういう事は杓子定規じゃない方が子供ものびのび育ちますよ」
「お前はまるで経験があるかのような言い方をするのだな。さては子供がいるのか?」
「つ妻どころか、恋人すらいませんって。この通り、モテませんから〜」
可哀想に、言わなくて良い事まで言わされている。

そんなベニーにヴォルフラムは目をまん丸に見開いた。
「どうしてだ?お前ならすぐに可愛い彼女ができそうなのに」
だって弟は良いヤツじゃないか、と憤慨した様子で腕組みまでしている。

そんな風に言われてしまったら・・・。
どう受け止めたらいいのか判らないのが言われた相手だ。

ヴォルフラムのストレートな物言いには皆、否応無くドキリとさせてしまう。

かくしてベニーも慌てて首を振り、話を元のクマハチに戻した。

「ねえ、閣下。この子たちは飛び立った後、どんな旅をするんでしょうね」
「そうだな。途中水に浸かったりしないか、とか。何かと心配だな」

クマハチは一年後には産卵のために血盟城に帰ってくる。
その間の生態については大体判っているとはいえ、親としては気掛かりも大きい。

「付いて行ってみたいですよね。ずっと山を越えて湖を渡って。どこまでも」
「臭い糞を追っていけば簡単に追いかけられるんじゃないのか?」

身も蓋も無い言い方だが、妄想中のベニーは気にしない。

「実はですね、卵が孵ったら旅に出たいんです。絶滅危惧種の研究と言えば隊長も許して下さるかと思って」
「ああ・・コンラートなら大丈夫だろう。アイツはそういう事が大好きだからな」
「一年中、旅から旅への毎日ですよ」

空想は際限なく膨らんでいく。

『僕もクマハチに付いていけたらどんなにいいだろうか・・』
身軽に動き回れる弟を羨ましげに見上げるヴォルフラム。

自分も空を渡って自由になってみたい。
未来の無い、ユーリを想うこの重い鎖から解きはなたれて。自由に。

だけどそれは叶わぬ願いだ。
自分はこの場所から離れられない。
ユーリの恋を見届けて、噛み砕いて、消化して。
そして初めて心に自由を取り戻す事ができるのだ。

「お前はいいな・・弟」
「閣下・・?それはどういう・・」

ヴォルフラムが答えようとしたその時、遠くから人の話し声と足跡が聞こえてきた。
二人は思わず顔を見合わせる。

今迎賓館は厳戒体制になっているから、誰も近づけないはずなのだ。
余程の権力でもない限り。

そう、この国の王でもない限り。

「やだ〜。お昼間なのに、なんだか薄暗くてお化けがでそう」
「地下室だからな。あ、足もと気をつけて。橋本」

どうやら招かれざる客がやってきたようだ。
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