別冊(Req)

□さよならを伝える方法
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「去年はユーリ陛下と閣下が孵化を見届けられたんですよね」
「そうだぞ、弟。初めはこれがクマハチの卵ってわからなかったからな。化け物の卵と勘違いして、恐怖を感じたものだ」
「弟ではなくてベニーですって。で、お二人が卵を温められて、見事可愛い赤ちゃんが誕生したんですよね!」

隊長にお願いして何度もそのエピソードを話してもらいました、と素朴な笑顔を向けられる。

そうだ、初めは化け物にぱっくり喰われると二人で恐怖して。
しかも城の中では考えられない遭難状態で。

ユーリの愛が沢山のものに惜しみなく与えられるものだと知り、反対に自分の愛は、唯一つの対象に捧げるものだと悟ったのもその時だ。

二人の見解は分かれたけれど、それでも互いを理解できた貴重な時間。

それはたった一年前の事なのに。


「・・なんだかもう随分昔の話みたいだな。今度はユーリは傍にいなくて、僕が一人で見届けるんだ・・」
「またまたー。陛下との仲は順調なんじゃないですか」

卵を眺めながら、ベニーは不思議そうに尋ねた。

「いや・・。僕とユーリはそろそろ正式に婚約を解消する事になるだろう」
「そりゃまたどうして。閣下に好きなお人でも出来たんですか?」
「・・。お前はこの度の騒ぎを知らないのか?」
「すみません。はっきり言いますとお城のことには全く興味がございません」

今誰もが噂をしているのが、魔王陛下の新しい恋人と自分のスキャンダル。
『陛下の本命はどちら?』と興味本位に書き立てられている今日この頃・・なのだ。

それを知らないと言い切るベニーに、ヴォルフラムは呆れ顔を隠せない。

「なあ、弟。一つ聞きたいが。お前は友達いるのか?」
「だから、動物が友達なんですってば!」
ムキになって言い返された。

「動物だと?そんな人間嫌いがよく僕と話せるもんだ」
「閣下は特別ですよ。なんてったって、クマハチの親、私の尊敬を一身に集めるお方ですからね!」
いくら質問をぶつけてみても、これまた当然というように答えるベニー。

「・・だからこそ、僕はお前と一緒に居られるんだがな」

噂話の中心にいる毎日。
それが同情か当てこすりかなんて、判断する事すら難しい。
正直鬱陶しくて息が詰まる。

だけどベニーといると・・。クマハチのことでしか自分に興味の無い彼といると、余計な気を回さず楽にしていられる。

居心地がいいものだから。
決して恋愛感情とは違うけれど、傍に寄り添ってくれる無為自然な心というものは。

「・・さてもう戻ろう。では、弟」
「今夜はここに泊まられないんで?」
「ああ。明日はちょっとやっかいな仕事があるからな。部屋でやすむ事にする」

ヴォルフラムは憂鬱そうに眉間に皺を寄せた。
明日の事を思うと、自然にそんな表情になってしまうのだ。

「せめて天気位は晴れればいいが・・・」

いや。いっそのこと身動きが取れない程の豪雨の方がマシなはずだ。
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