お義と女子高生小説

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おばさんが(よく見たら凄い美人)若い男の人を制してくれたので、私はなんとかまだこの旅館の様な家にいる…。
「お座り」とおばさんが手をやり、品よく正座するので、私もなるだけ品よく座るように努める。若い男はおばさんの左脇に忍者座りをして乱視にも分かるくらい私の事を睨んでいるから、頭の混乱と恐怖は無くならない。


「お前は山の中に倒れていたのだぞ。」

美人なおばさんが綺麗な座り姿で私の状況を語った。此処には、「電話」も「県名」もないらしい。若い男とおばさんは赤ちゃんが初めて聞く言葉を返すように「けん?でんわ?なんだそれは」と私を見つめ返して、そう悟った。やっぱり北海道…?それとも京都?東京都?大阪府…?いや、都も府もはなしだろう。雪の量が東北だし。(それにしてもストーブくらい焚いてよ…!なんなのあのでっかい鉢に入ったお線香の砂みたいなのはっ)微々たるぬくもりをくれる鉢を見つめて、思わず身震いした。(…コートも手袋もどこいったんだろ)制服だけじゃキツイよ。

「此処はな、娘。最上の領地だ」
「…領地…」
「最上家を知らぬか」
「……、最上さんって方の所有の土地…私有地に入ってしまったんですね…私は」
「……?まぁ…そんなものだ…一応は大名ゆえ、さん、は公で使わぬように。あぁもしや上方の出か?」
「だ、だいみょう?!って、大名ですか…?時代劇とかの、お殿様!?っえ??てかかみがた??」
(お殿様で、この着物で、そんな時代は、まるで)

「…慣れぬ雪の中に触れたのか?今は文禄四年の冬、わかるか?」
「えと、なんだか、聞き慣れない言葉が多すぎて…」
「私としてはそなたの見なりや髪の整えの方が気になるのだが…」

綺麗なおばさんが私を見回し、それに賛同するかのように後ろに控える男の人まで私を睨みながら見つめた。
(確かに、制服ちょっと短くしてるけど、意外と真面目に髪も染めたり巻いたりしてないんだけどなぁ…)
かなりの田舎なんだろうか…。服装も着物だし。さっきも思ったけど、なんかやっぱり変だな…大河ドラマの時代劇の江戸よりもっと前の…着物だよね。男の人まで着物って珍しいし。

「……」
「(とにかく誰かに連絡いれたいな…)」
「そういえば娘」
「はは、はい」
「名を聞いていなかったな。私は義と申す、そなたは。」
後ろの八弥が渋い顔をした。
「あ、はい。はじめまして…明之沢朝音と申します。」
「…?あけのさわ…」
「あはは、やっぱり微妙に呼び辛いですよねぇこの名字」

新任の教師や初対面の人に「あけのさわ?であってる?」とか「明之沢朝音って噛みそうね」とか言われたりしたのを思い出す。珍姓って訳じゃないんだが、名前と合わせると自分でも噛みそうになる事が多々あったから。

「夜明けの明、のは之(これ)、さわはさんずいで明之沢か」
「え?あ、はい。」
「…夢は当たるな…」
「はい?」

朝音が義に怪訝そうに聞き返すのと同時にその後ろから影が飛ぶ。外の雪に染みる月光のような影だった。その影は朝音の首を捕らえると人に戻り、鈍い光を携えてその動脈をとった。

「お前どこぞの者だっ」
「…ひっ…な、に?!」
「八弥!!」

首筋に当てられた冷たい何か。綺麗なおばさんの怒号、男の人の低くて怖くて冷たい声。
あれ、これ、は…刃物……?
包丁とかだったらどうしよう。怖いよなんで私なのこんな知らない場所で怖い事されなきゃならないの?

「こたえろ!何処の草か!伊達か南部か津軽かっ、それとも豊臣か!!」
「し、らなっ!だても、なんぶも、しりませんっ!私はただの高校生です!!」

刃物が首をぎゅうっと押す。不思議と皮は切れない。涙の伝う細い首を掴みあげる腕に一切の迷いはなかった。
八弥は伝う涙を信じない。叫ぶ声を信じない。震える体を信じない。

「痛っ、は、離して下さいっ!」
「主を答えれば殺さずに置いてやる。お前のようなのは忍びには向かん」
「お願い、家に帰して!この事誰にも言わないですからっ!」
「………、」

抑えた体からは暗器の感触はない。掴みあげた腕にも筋肉の固さは伺えない。涙は熱く、目は赤い。お義は最初黙って見ていたが、今は八弥に非難を含んだ視線を刺していた。
(何者なんだ、この娘は…)

「…っ、やだ、もぅなんなのよぉ…」

刃を向けられるのってこんなに怖いんだ。私の首にこれが刺さったらどんなに痛いだろう。苦しいだろう。血がでるだろう。怖い、怖い、こわい

「…八弥、辞めよ」
「はっ」

八弥がすっと朝音の離すと玩具が倒れるようにその体は畳に落ちた。草ならば、どんな落ちこぼれでも危機を脱した瞬間に武器を投げるなり体術を仕掛けるなり、障子を破り逃げるなり動くだろう。
あの長い足はただ体についているだけのようだ。

「娘。」
「っぅ、家に、帰して下さい、」
「…そなたの家が解らぬ、山に倒れていたのだから…」
「…っ、通学路からいきなり、あの山にいたんです私、家に帰るところで」

―分からない言葉が多過ぎる…―
でんわ、けん、こうこうせい、つうがくろ、
会話はできるからこの日ノ本の人間の筈だが…。義は畳に伏した娘の泣きじゃくる横顔をただみつめた。通った鼻筋が涙と月光によってきらりと光る。
(…刃物をみただけで)
農民の娘でも、商家の娘でも、刃物に慣れてしまってこうはならないだろう。武家の娘なら尚更だ。
この娘はまるでどこからか現れたような。突然ぽんっと投げ入れられたような…この世には、

似合わない存在。

「解った。」決めた、の方が正しいかもしれない


なにも見えないが、いつかこの靄が晴れて娘の姿を見せてくれる気がした。義は己の内を強く信じる人間だった。

「とにかく今宵は眠りなさい。」
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