ありがとう

□私の虜になってしまえ!
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「不思議な人間ね」

彼女はぺろりと舌を出すと、その手をくいくいと舐めた。


「私が怖くないの?」
「何で怖がる必要があるんだい?」
「何故って、私は妖怪だもの。大方の人間は私を見て逃げ惑うものよ」


そこが良く分からない。
どうして彼女を怖がる必要があるのだろう。


「アンタが変なのよ。猫叉なんて、不吉の塊じゃない」
「君が不吉?不吉なのはもっと格式高い妖怪だと思うけどね」
「どういう意味よ?それは」


そう言って、彼女はぐいっと僕に近づく。
銀の瞳が僕の顔を覗き込んだ。


「私は格式高くないと言いたいの?」
「それ以外に何があるんだい?」


僕は挑戦的に問うた。

すると彼女は死装束から真っ白な手を出して僕の髪を撫でた。
その手が頬に移り、首筋まにまで伸びてくる。


僕は彼女の手を掴むとそれを止めさせた。


「何のつもりだい?」
「誘惑」
「僕を誘惑しようだなんて百年早いよ」


にこりと笑うと、彼女は拗ねた様に僕の手を弾いた。

「つまらない」
「そう?」
「妖怪は皆私に惚れてくれるのに」


生憎、僕は妖怪じゃないし彼女にいきなり溺れてあげる程子供でもない。



「僕は大人でも、君は子供だ。まだまだ浅はかで頼りない」
「私の方が何百年も永く生きてるわ」
「年月の問題じゃないんだよ、僕が言いたいのは……」


僕は言いかけると、彼女を思い切り抱き寄せた。
一瞬で彼女の頬が朱く染まる。



「どれだけ愛した者を夢中にさせられるか。それに尽きると思う、そういうことだ」


そう言って、僕は彼女の目の前でにっこりと笑った。


すると、彼女は頬を朱色にしたままで僕を軽く睨んだ。



「好き、何て一生言ってやらないから」
「そうかな?絶対に言わせてみせる自信があるけどね、僕には」
「ふん。ほざきなさい」


言いながら、べーと舌を出す猫叉を見てやっぱり子供だな、と思った。




私の虜になってしまえ!

僕が死ぬまでにこんな言葉の一つや二つ言えるようになって欲しいものだ。





′′′
素敵企画『妖怪絵巻』様に提出。
参加させて頂き、本当にありがとうございました。




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