3年D組みんな仲良し

□彼らと僕のめくるめく日々
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 学校についたら、僕はまず保健室へ向かう。

 登校途中に転んで、擦りむいちゃったから。こんなのは日常茶飯事。

「失礼しまーす」

 この時間は職員会議で先生はいない。でも代わりに、当番の保健委員さんがいてくれる。

 今日は同じクラスのそーくんがいた。

 そーくん。本当の名前は「そう」じゃなくて「かな」って言う。僕が初めてそーくんにあった時に名前を読み間違えちゃって、でも「何と呼ぼうがかまわない」と言ってもらったので以来ずっと「そーくん」で通してるんだ。

「そーくん、おはよう」

 爽やかな朝に相応しく、爽やかな笑顔を浮かべたつもりだったけど、そーくんは気に入らなかったみたい。ふい、とそっぽむかれちゃった。

 朝のそーくんは大体機嫌が悪い。理由は眠いか、お腹空いたか、ダルいかの3パターン。とても単純でわかりやすくていいね。

 普段から無口で寡黙で気まぐれでマイペースなそーくんは、人の話を聞かないし、返事もしない。無視することが基本スタイル。

 だけど機嫌が悪いときのそーくんはほんっとに何を言っても絶対に口をきかない。まるで自分以外の人間がそこにいないかのように徹底的かつ、華麗に無視をするんだ。

 そーくんとの会話を諦めて、僕は保健日誌に今日の日付・名前・症状などを書き込んだ。

「そーくん、消毒液と絆創膏を貰うよ」

 そーくんは先生のデスクに座り、黙々と折り紙をしていた。

 沈黙を肯定と受け取り、僕は勝手に消毒液と絆創膏を出す。

 僕も保健室の常連さんだから、消毒液と絆創膏の在処くらいは把握してるんだ。

 いざ傷口を消毒液しようとしたら、

「待って」

 と黙って折り紙をしていたそーくんが立ち上がって、僕の方へ近づいてきた。ということは、機嫌が悪いわけじゃないんだね。

「怪我?」

「怪我だよ」

「見せて」

「傷?」

「うん」

「いいよ」

 制服の袖を捲り、擦りむいた肘をそーくんの顔の前に差し出す。たいした傷じゃない。

 そーくんは正面から、横から、上から、下から、色んな角度で僕の肘を見てきた。

 そーくんは、血とか傷とか、そういう生々しいものが好きみたいなんだ。保健委員になった理由の一つもそれみたい。

 僕もそーくんに借りて、アングラ? サブカル? とにかく、暗くてグロくて気分が落ち込みそうになるマンガを読んだりはするけど、やっぱり生身の人間の血とか傷は見たくないかなあ。

 色んな角度から傷を見て満足したのか、そーくんは僕の手から消毒液つき脱脂綿をとり、手当てをしてくれた。こういうところはちゃんと保健委員なんだよね。

 俯いたそーくんの顔にかかる簾みたいな前髪が、何だかとてもうっとおしそう。

「髪切らないの?」

 訊ねてもそーくんは答えない。絆創膏を貼って、紙屑を僕に渡すと、デスクに戻り折り紙を再開した。

 無視されるのは慣れてるけどね、時々ちょっと寂しくなる時もあるんだよ。

 紙屑をゴミ箱に捨てて、後ろからそーくんに近づく。

 そーくんは鶴を折っていた。いったいいつから折っているのかな。デスクの上には赤・青・緑・黄色、とにかくいろんな色の鶴が山になっていた。千羽鶴でも作るのかな?

「そんなに鶴を折ってどうするの?」

 ポケットに入れていた、イチゴ味の飴をデスクの上に置くと、そーくんはすぐに手を伸ばしてきた。そーくんは食べ物に弱い。

 飴を口に含んだのを見てから、改めて質問する。

「何で鶴を折ってるの?」

「マイブーム」

 口の中で飴を転がしながら、そーくんはモゴモゴ喋る。

「鶴が?」

「鶴が」

 折り紙、とりわけ鶴を折ることがマイブームってことかな?

「髪は切らないの?」

「切らない」

「邪魔じゃない?」

「別に」

 そーくんの返事は簡潔でそっけない。

「楽しい?」

「よくわかんない」

 楽しいかどうかよくわからないことを、何でこんな一心不乱にやってるんだろう?

 そーくんは、ちょっと不思議。でも、僕はそこが気に入ってるんだ。

「よかったね」

 何が良かったのか、自分で言って、何言ってるんだろうとも思ったけど、他に思い付かなかったんだ。

 そーくんは頷き、と同時に予鈴がなった。のんびりしすぎちゃったな。

「そーくんは教室行かないの?」

「行かない」

「今日のLHRは体育館で好きなことして遊んでいいんだって」

「行かない」

「みんなでバスケとかドッジボールやるんだよ」

「行かない」

「きっと楽しいと思うけどなー」

 もう、返事はなかった。しつこくすると、そーくんは機嫌が悪くなる。

「あとね、今日の4限は調理実習なんだ。カップケーキ作るから4限だけでもおいでよ」

「気が向いたら」

「じゃあ、そーくんの分も作っておくね」

 そーくんにバイバイと手を振って、僕は教室へと急いだ。
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