3年D組みんな仲良し
□いつもの元気
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「悲しくなった?」
『うん。何か、久しぶりに来たんだよね』
普段の元気で明るい声とはうってかわって、花菱は静かに喋る。
『昨日の昼休み、みんなでご飯食べてるとき。普通に話をしてて、別に何があったわけじゃないのに、ふっとね、今の僕は一人きりだ、僕はみんなと違うんだって、いつもの孤独感? 疎外感? が出てきちゃって。うわぁってなったんだ。でもそんなこと考えてるなんて皆に知れたら、はぁ、何言ってんの? って思われちゃうから、気にしないように、考えないようにしたんだけど』
昨日の昼休みは、一緒に飯食わなかったから、知らなかった。
その場にいたら、わかったんだろうけど。
『昨日から親は旅行、妹は友達の家にお泊まりで僕一人なんだ。だから余計に孤独を感じてね。夜になっても離れなくて、眠れなくて、泣きたくなって、でも泣いたら負けるって思ったから、泣かないように楽しいことを考えようと思って、ずっと起きてて、空を見ながらラジオ聴いてた。でもやっぱり気持ちがおさえきれなくて、心の中がざわざわしてて、辛かった』
「だったら、そう言えばよかったのに」
『言えないよ。自分でも何でこんなこと考えるのか、よくわからないのに、誰かに言って、困らせたくない』
「でも、今、俺に話してるじゃないか」
『そっちが電話してきたから』
「そうだったな」
会話が途切れて、空を見上げた。
今夜は曇り。雲で、月も星も隠れてる。
「こんな空見てたって、気持ちなんか晴れないだろうに」
『こんなって、そっちも外に出てるの?』
「うん、ベランダで話してる」
『そっかあ、じゃあ、今の僕たちは同じ空で繋がってるんだね』
「というか、まず電話で繋がってるよな」
『あ、そっか』
夏も終わりに近付いて、夜の空気は秋の物になってきてる。
季節の変わり目になると、特に夜になると、悲しくなるんだ。
よくわからないけど、世界にたった一人取り残されたような気分になって、すごく、辛くなるんだ。
そんな話を聞いたのはいつのことだったか。
『何だろうね。めんどくさいね』
花菱が呟いた。
「でも、今は寂しくないだろ」
『何でそう思うの?』
「俺と話してるから」
『そうだね』
「泣きたいときは泣くべきだと思う」
『やだよ。負けた気分になるもん』
一体、何に?
「いいじゃないか、負けたって。負けっぱなしはよくないけど、一回や二回くらい負けたってどうってことない。人生は長いんだから」
『そうだけど』
風が吹いてる。髪が揺れる。雲が流れてるのがわかる。
「辛いときは辛いって言えばいいし、泣きたいときは泣けばいい。寂しい時は会いに来ればいい。声が聞きたければ電話してくればいい」
『うん』
「俺もいるし、お前の言葉を借りるなら、仲良しグループのみんなだっているだろ」
『うん』
花菱が考えてること、抱えてるもの、全部は理解してやれないかもしれないけど。
「お前は一人じゃないよ」
『うん』
「忘れるな……って言いたいけど、忘れるからまたこうやって辛くなるんだよな」
『忘れてるわけじゃないんだよ。ただ、自分の中で思ってるだけじゃ、本当にそうだったかな? って、わからなくなっちゃうから、時々誰かに言ってほしくなるんだ』
「だったらやっぱり、辛いときは辛いって言わないとな」
『でもさ、恥ずかしいから、一人じゃないよ! 俺がいるから! って言って、とは自分からはお願い出来ないよ。だから気付いてくれて嬉しかった』
花菱の声は最初の頃よりだいぶ、明るくなった。
『……僕だって人間だからね、落ち込むときだってあるよ。みんな、たぶん、そんなふうに思ってないだろうけど。僕のこと、こうやって気にかけてくれるの、リョーチンだけだもんね。僕はいつも、リョーチンに救われてる』
花菱は思ってることを正直に言う奴だ。
そんなの10年も前から知ってる。けど、やっぱりむず痒いというか、こっぱずかしいというか。
つい、ぶっきらぼうな口調になって、「感謝しろよ」なんて言ってしまったり。
『いつも感謝してるよ。感謝しきれないくらいに、感謝してる……あ、月が出てきた』
見上げれば雲は流れて、空には輝く円い月が現れた。
『満月ではないよね』
「まだ。もうちょっとだな」
『秋になったら、もっと月が綺麗になるね』
しばらくぼんやり月を眺めていたら、
『ね、やっぱりさ、こっちにおいでよ』
「いいけど」
『誰もいないからさ、パジャマパーティーしよう!』
それ、死語じゃないのか?
脱力しかかったけど、こらえて、「わかった。すぐ行く」と伝えて電話を切った。
『待ってるねー』と最後に発した声は、いつもの調子に感じられたけど、たまには童心に帰るのもいいかな。
部屋に戻る前に、輝く月を振り仰いだ。
今夜は聖が寂しい思いなんてしませんように。
明日はいつもの元気な聖に戻っていますように。
<fin>