3年D組みんな仲良し
□杏奈嬢と七人の無礼者
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夏休みも残すところ10日といったところ。今日は珍しく運動部の活動が休みらしく、グラウンドがまるまる使える状態になっている。
片づけ忘れたのか、誰かの忘れ物か、足下には軟式ボールが転がっている。
「野球でもやる?」
「道具がねーだろ」
「人数も足りないよ」
「だよな」
考えてみたら、リカちゃんの姪のお守りするのに野球はないか。
「海生、ヒナタ、あれ見て」
レオが指さすほう、校門の前につばの大きな帽子をかぶり、ギンガムチェックワンピースを着た女の子が立っていた。
推定年齢10歳前後。色素の薄い長い髪をいじりつつ、片手で携帯電話を操作し、退屈そうに欠伸をしている。
「あれか?」
女・子ども大嫌いなヒナタが、不機嫌そうに言う。
「だろうね。とりあえず、事情説明してあの子をこっちに連れてこないと。よし、ヒナタ、行ってきて」
「あ? 何で俺が行かなきゃなんねーんだよ?」
ヒナタは不服そうに口を尖らせる。
「だって3人で行ったら、あの子が怖がるかもしれないじゃないか」
「だったらおまえが行けよ。おまえが引き受けたんだから」
「嫌だよ。だってあそこは暑いじゃないか」
そりゃ夏なんだから、暑いのはあたりまえじゃないか。理由になってないよ。
「僕、暑いのと寒いのは嫌いなんだよね」
少し離れた、日の当たらない桜並木の下に移動し、レオは犬を追い払うみたいに手を振った。
「ほら、ぐずぐずしないで早く行って」
ふざけんな! ってキレるかと思ったが、ヒナタは舌打ち一つしただけで、だるそうに校門へと向かっていった。
嫌だとかめんどくさいとか思いながらも、やると決まったからには、やる。そんなヒナタは偉いと思う。
それに比べてレオは、本当に口ばっかりで、自分から動こうとしないんだから。調子がいい口先人間。少しはヒナタを見習えばいいのに。
「海生、今、僕に対してとぉーっても失礼なこと考えてなかった?」
レオが穏やかな微笑を浮かべながら問いかける。顔は笑ってるのに、目は笑ってない。
「いや、全然、まったく、ちっとも」
「そう。ならいいんだけどね、目は口ほどにものを言うからね、気をつけた方がいいよ」
意味深長な発言をし、レオは「あ、」と声を上げた。
「ヒナタが戻ってきたよ……一人で」
何か様子がおかしい。足を引きずるように歩いていることに変わりはないが、俯き、ポケットに手を突っ込んで、明らかに元気がない。
「おかえり。あの子を連れて来いって行ったのに何してんのさ」
「役立たず」とでも言いたげなレオの言葉。ヒナタは返答しない。
「どうした? 何かあったのか?」
心配になって、ヒナタの顔をのぞき込む。
突然声をかけたら、不審者扱いされて、ショックを受けてるとか?
「ムカつく」
ヒナタがぼそりと低い声で呟く。
「え、何が?」
「あのガキだよっ!」
と思ったら、突然顔を上げて、噛みつかん勢いで言葉をまくし立ててきた。
「人のこと見るなり、『なあに、その格好。あなた男の子じゃないの? そうでしょ? それなのに髪なんてのばして。長髪で学生服だなんて、恥ずかしくないの? 時代錯誤もいいところね。それに中学生にしては背が低くないかしら? 身長いくつあるの? もしかして夏休みに浮かれて中学校に潜入した小学生? そんな下手な変装じゃすぐにバレるわよ。早くおうちに帰った方がいいんじゃなくて?』だと。何なんだよ、あのチビ! 何様だよ!チビにチビって言われたかねーっての!」
「わかった! わかったから、落ち着け!」
俺に食ってかかるヒナタを、レオは面白そうに眺めている。
「それはそれは随分と口が達者なお嬢さんのようで。次、海生、行ってきて」
「え、俺?」
自分で行けばいいのに……。
「何か文句ある?」
レオがニコニコ笑いながら、ヒナタの髪をむんずと掴む。
「ヒナタ、気持ちはわかるけど、少しうるさいよ? 大人しくしてようね」
急所ともいえる後ろ髪を掴まれたヒナタは、さっきまでの猛るような怒りはどこへやら、急にしおらしくなってしまった。
親猫に首根っこを噛まれた子猫みたいに。
逆らわない方が、身のためか。
「あのぉ〜……」
校門の影から顔だけ出して、おそるおそる声をかける。
女の子が俺を見て、いぶかしげに「何か?」と訊ねた。
気の強そうな女の子。俺、気が強い人苦手なんだよな。大丈夫かな。ヒナタみたいにいきなり酷いこと言われないかな。
「えーっと、あの、」
レオに頼まれて(脅されて?)、女の子の前まで来たのはいいけど、何をどう言えばいいんだろう。
女の子は腕を組み、俺を見上げている。眉が上がり気味だが、何か怒ってるんだろうか。
「あの……あ、俺、真田 海生て言います。この学校の3年D組の生徒です」
て、なに普通に自己紹介してんだろ、俺。いや、でも、自己紹介は大事だよな。不審者だと思われて、悲鳴でも上げられたらかなわないし。
「ああ、そう。あたしは早乙女 杏奈」
「可愛い名前だね」
「ありがとう。で、あたしに何かご用かしら?」
予想以上に高飛車だな。推定年齢10歳は間違えか。
「あの、俺、てか、俺と俺の友達が、リカちゃん、じゃなくて、早乙女先生に言われて、姪っ子のお守り、つまり杏奈ちゃんのことなんだけど、」
「あのね、初対面でいきなり名前に『ちゃん』付けって失礼だと思わないの? それに、お話する時は、もっとわかりやすく、はきはきと喋りなさい。あなた中3にもなって、そんなこともわからないの?」
「……ごめん。俺、口下手で」
「言い訳はしない。見苦しいわ」
「……ごめんなさい」
なんて気が強いんだろう。俺、やっぱり、こんな子のお守りなんてしたくない。
「あなた方のことは、梨華から聞いたわ。さっきメールが着たから」
杏奈はフンと鼻をならした。
「梨華はお仕事が忙しいの?」
「みたいだよ。よくわからないけど」
「そう。なら仕方ないわね。でも、よりによってこんな、」
頭から足までじっくりと見て、大きなため息一つ。
「いかにも頭の回転が悪そーな人をあたしの世話役に寄越すなんて、梨華も気が利かないわね」
頭悪そうて! 事実はどうあれ、それこそ初対面の人間に言うことじゃないだろ!?
呆気に取られてなにも言えないでいると、杏奈は長い髪を後ろに払い、言った。
「まあ、お気持ちだけ戴いておくわ。別にあなた方に遊んで頂かなくても、あたしは一人で平気だから。お帰りになってけっこうよ」
どこまで横柄なんだ、このガ――この子は。