3年D組みんな仲良し
□夏の想い出
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人がいない。
もうすぐ八時になる。さすがにこの時間に小さい子どもが遊んでることはないだろうけど、カップルでもいいからいてくれればまだ心強いのにな。
ここは遊具とかがおいてある子ども向けの公園と違って、スポーツをするためのグラウンドがメインの運動公園だから、だだっぴろくて、がらんとしている。
周りはしんと静まり返っているのに、自分の心臓の音はいやに大きく聞こえた。
あんまり強く大きく鼓動するから、変な病気じゃないよな? なんて心配になった。
怖いから、何か余計なものを見てしまわないように、下を向いて、とぼとぼ歩く。
懐中電灯で足下だけ照らしていると、時々、蝉の抜け殻とか花火の燃え残りを見つけて、それはそれでびっくりして「きゃっ」と変な声を上げてしまった。
そのたびに深呼吸をして、乱れた息と鼓動を整えた。
そろそろと顔を上げると、問題の街灯の近くまで来ていた。
こんな広い公園なのに街灯が一つしかないなんて、どう考えたっておかしいじゃないか。これだから大きな市に属する小さな田舎街は嫌なんだ。誰だよ今の市長。
遠目に見た感じ、人が立っていそうな感じはしなかった。俺の目は悪くない。
とにかく、なるべく街灯から離れて歩こうと、なるべく街灯を見ないように歩こう、と、街灯から離れるべく向きを変えたときだ。
「待って」
後ろの方、つまり街灯のある方から、か細い声が聞こえた、気がした。
気のせいだ!っ、と言い聞かせ、足を進める。
「ちょっと待って、」
か細い声、再び。気のせいじゃない。
瞬時にのどの奥から何かがせり上がってきた。それが悲鳴なのか心臓なのか胃の内容物なのかはわからなかったが、とにかく漏らしてはいけないと思い、片手でしっかりと口をおさえた。
歯を食いしばりたかったけど、がちがち言って、うまくあわさらない。
心臓が破裂するんじゃないかってくらい、ドコドコ言ってる。
頭の中がぐーるぐるしてる。体中の穴という穴から冷たーい汗が出てきた。
パニック起こして思考回路が正常に機能しなくなってきてる。
落ち着け、クールになれ、冷静になって考えろ。
声は聞こえた、これは間違いない。
正体はわからない。幽霊かもしれない、幽霊じゃないかもしれない。ホームレスのおっさんかもしれない、違うかもしれない。
正体は分からない。が、こんな時間に、こんな人気のない公園にいる人が、まともな人間である可能性は低い。
ようやく、逃げなきゃ!、と結論に達した。
だけど足がすくんで動かない。こんな大事なときに、何やってんだよ!
「待ってって、聞こえてないの?」
すぐ近くでか細い声が聞こえた。後ろにいる。
ひんやりした柔らかい物が俺の腕に触れた。
力が抜けて、くずおれる。
途端に堪えきれなくなって、口元を覆っていた手を離して、泣きわめいた。
と思ったけど、出てきたのは涙だけだった。声は出なくて、のどの奥からは乾いた風がヒューヒュー吹いてくるだけ。
地面にはいつくばって頭を抱えた。何でそうしたのかはわからない。目をキツくつむって、耳をふさいで、頭を抱えてれば助かるとでも思ったのか。
寒くもないのに体がガタガタ震えた。声にならない声で、心の中で、頭の中で、ずっと「ごめんなさい」を繰り返した。自分でも何に対して謝ってるのかわからなかった。
「大丈夫か、しっかりしろ」
声の主が、俺の腕に触れる。恐怖のあまり力一杯ふりほどいた。何か衝撃があったけど、声の主はめげずに俺の腕をとる。
「落ちつけって、俺だよ、日村だよ」
「ひっ……?」
顔をあげると、懐中電灯をつかんだ俺の腕を持ち上げて、眩しいのも厭わず、自分の顔に真正面からライトを当てている日村がいた。
たぶん下からライトを当てたら、俺がまた怖がると思った日村の優しさだろう。
「ひ、むらぁ?」
「そうだよ」
俺の腕をおろして、日村は、ほっとしたように笑った。俺のよく知る日村の困ったような顔。
声の主は日村だったんだ。幽霊じゃなかった。ホームレスでもなかった。変質者でもなかった。わかったらまた涙が出てきた。
「な、ん、」
「遅れて来たんだ。地べたに座り込んでるのもなんだから、とりあえず、あっちのベンチに移動しよう。立てる?」
日村に手を引かれて立ち上がった。
さっきまで自分のものじゃないみたいに、ぜんぜん言うこと聞いてくれなかった足が、今度はちゃんと動いてくれた。
「立てた」
「よかった」
手を引かれるまま、歩きだそうとして、気づいた。
「あ、」
「何?」
繋いでた手を離して、慌ててズボンを触る。
日村の顔がこわばった気がした。
「……セーフ」
「……よかった」
「本当によかった」
これで本当にちびってたら、ヒナタやレオにバカにされるどころの話じゃない、二学期から学校いけなくなるとこだった。