3年D組みんな仲良し

□夏の想い出
2ページ/7ページ

 連れてこられたのは駅から歩いて15分ほどにある公園だった。

「この公園を抜けると、お寺に続く藪に出るんだ。藪をまっすぐ進むと、左手にお寺の入り口がある。入って五十メートルほど行くと本堂があって、その前の賽銭箱の上に目印をつけた石を置いといたから、1つ取って戻ってくること」

「それだけ?」

「それだけだけど、それだけじゃない。この公園は街灯が一つしかなくてね、今日みたいな蒸し暑い夜には、その街灯の下に、薄汚いなりをした男が立っていて、恨めしげにこっちを見てくるらしいよ」

「それってただのホームレスのおじさんじゃないの?」

「ただのホームレスのおじさんだって、だーれもいない夜の公園の、たった一つしかない街灯の下に立ってこっちを見ていたら、怖いじゃないか」

 確かに怖い。

「ホームレスとは限らない」

 三嶋が重々しく呟いた。隣の花菱が訊ねる。

「ホームレスじゃなかったら、何なの?」

「客待ちの男娼かも」

「だんしょー、て何?」

 話をしているのは三嶋なのに、花菱は疑問を隣の桜井にぶつけた。

「俺に聞くなよっ」

 突然話を振られて、桜井は慌てていた。

 桜井に答えてもらえなかったので、花菱は改めて三嶋に「だんしょー、て何?」と訊ねる。

「男色を売る仕事をしている人」

「男色て?」

「男子の同性愛。男相手に身体を売る男」

「あー、なんかテレビとかでみたことある気がするなあ」

 三嶋はぼそぼそと続ける。

「どうする?」

「何が?」

「声、かけられたら」

「えー、それはないんじゃない? だって僕たち未成年だよ? お金だって持ってないし」

「お金はいいよ、って言われたら」

「いいよって言われてもなー。そっちには今のところ興味ないしー。でも何事も経験かなあ?」

「経験だ」

「じゃあ、そーくんは経験するの?」

「しない。逃げる」

「そうだよねー、そうなっちゃうよねー。でも、僕は走るの遅いから、逃げきれるか心配だなー」

 2人して馬鹿みたいなことを真剣に話し始めたので、レオは無視して話を進める。

「本当は二人一組で行きたかったんだけど、人数が少ないから、一人ずつにしようか」

「えっ」

 思いがけず大きな声が出た。途端にレオが小馬鹿にしたように、

「なあに海生、もしかして、一人で歩くのが怖いの?」

「怖いよ」

 こんなことで嘘ついたって仕方ないから素直に認めると、予想外の反応だったのか、正直すぎる俺にあきれたのか、レオからはすぐには言葉が返ってこなかった。

「・・・・・・その素直さに免じて、海生だけは特別ルール。ペアを組んでいいよ」

「ほんと!?」

 そこでまた意地の悪い笑みを浮かべて、レオは続けた。

「ただし、桜井・花菱以外のメンバーとペアを組むこと」

 喜びかけたのに、嬉しい気持ちが一気にしぼんでいった。

 俺が桜井と、それが無理なら花菱と一緒に行きたかったのわかってて言ってんだ。

 レオはこの通り性格悪いから、怖がってる俺をさらに怖がらせようと、道すがらいろんなイタズラを仕掛けてくるにちがいない。

 ヒナタは短気でせっかちだから、ちょっとでも俺がモタモタしてたら怒鳴るだろうし、最終的には俺のことおいて先に行っちゃいそうだし。

 三嶋は暗いし何考えてるかわかんないし何か変だし、存在自体が謎すぎて幽霊みたいなもんだし、明るいところで接するのも時々怖いなあって思うのに、暗いところなんか絶対一緒に歩きたくない。

「大丈夫か、海生? そんなに怖いなら無理しなくていいんだぞ?」

 頭を抱える俺の顔を心配そうに桜井がのぞき込んでくる。

「大丈夫だよ、怖いことなんか何にもないって。幽霊なんかいないし、ホームレスのおじさんだって、客待ちのだんしょーさんだって、声かけられたらぶわーっと走って逃げれば。こっちに戻ってくれば僕らがいるんだから、平気平気」

 花菱は花菱で、明るい笑顔で俺のことを励ましてくれる。

 この二人はこんなにいい奴なのにな、何で残りの三人は・・・・・・。

「何をのんきに喋ってるんだよ。おまえが決めなきゃ始めらんないんだけど。人を待たせてる自覚あるの?」

「さっさと決めろよ、愚図」

 訂正、残りの二人は、だな。三嶋はレオ・ヒナタほど嫌な奴じゃない。たまーに無意識でキツいこと言ったりはするけど。

「そんなに怖いなら、やっぱり僕が一緒に行ってやろうか?」

「結構です。いいよ、俺も一人で行くから」

 レオは小首を傾げて、「本当にいいの?」と訊ねる。

「いいよっ」

 よくないけど、すごい嫌だけど、一人とかすっごい怖いけど、レオやヒナタ、申し訳ないけど三嶋とは歩きたくないから。

「じゃあ、順番をクジで決めよう。一番長いのを引いた人が一番だ」

 レオが用意したクジ(ティッシュをこよりにしたやつ)を一斉に引く。

 何の因果か、はたまた誰かの陰謀か、まさかの俺がトップバッター。

「前の奴が戻ってきて、ちゃんと石を持ってきたことを確認できたら、次の奴が行くっていう形を取るからね。海生が戻ってこないと、肝試しが進まないからそのつもりで」

 さっさと行って、さっさと戻ってこい、後の奴を待たせるなって言ってるらしい。

 怖がりな俺がさっさとなんて無理だって、簡単に想像つくだろうに。

 レオからずっしり重い懐中電灯を受け取って、俺の気持ちも一気に重くなった。

「先回りして、途中で驚かしたりとかしないよね?」

「そいつはいい考えだね」

「絶対や、め、て。暗闇で驚かされたりしたら、マジで泣くから」

「・・・・・・そうだねえ、悲鳴なんてあげられたうえに、近隣住民から学校へクレームなんて入ったら困るから、それはやめておこうか」

 レオはさもおかしそうにクスクス笑い、

「まあ、せいぜい無様な姿をさらさないように頑張ってよ」

「ビビりすぎて、ちびんじゃねーぞ」

「頑張ってね、海生。僕ら海生が戻ってくるまで、ずっとここで待ってるからね」

「気をつけろよ、無理はするなよ、ダメだと思ったらすぐに戻ってこい。動けなくなったら迎えに行ってやるからな。携帯持ってるだろ?」

 口々に言葉をかけてくれる中、三嶋だけは無言で親指を突き立てた。たぶん、「グッドラック」ってことだと思う。

 みんなに見送られて、俺は公園の中へ歩を進めた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ