3年D組みんな仲良し
□いつもの元気
1ページ/2ページ
何時からかわからないけど、いつの間にか、違いがわかるようになっていた。
朝、いつものように、いや、いつも以上に元気よく、花菱は教室に入ってきた。
「おはよー! ね、見て!すごいの、今日は来る途中にセミの脱け殻いっぱい拾っちゃった!」
小学校低学年の男子児童のように、ビニール袋にいれたセミの脱け殻を、いつもの仲間たち、花菱なりの言い方をするなら「仲良しグループのみんな」に見せて回る。
「ほら、桜井も見て! すごくない!? 20個もとっちゃったよ! 僕、脱け殻探しの才能あるのかも! セミの脱け殻探し大会に出たら、けっこういい成績残せるんじゃないかな!」
そのうち俺のところにも見せに来た。袋の中にはピア色の山がこんもりしてる。
「こりゃまた、たくさん取ったな」
「うん、たくさん取った! けっこう大変だったよ。危うく遅刻しかけちゃった! こんなにセミが羽化してるんだもん、うるさいはずだよね」
花菱はニコニコ笑ってる。
その顔をじーっと見ていたら、花菱は笑顔のまま、「なあに?」と言った。
「……元気か?」
「もちろん、元気だよ! 僕はいつでも元気いっぱい! 今朝は、ご飯3杯もおかわりしたし、元気だし、とーっても健康だよ!」
空いてる方の手でブイサインまでだして、花菱は元気をアピールする。
そんな花菱をさらにまじまじと見つめる。
「やだなあ、そんなに見つめられたら穴が空いちゃうよ」
花菱は照れたように顔を隠しながら、そそくさと自分の席へ戻っていった。
時刻は午後9時ジャスト。
散々迷った末に、リダイアルボタンをいじり、電話をかけた。
コール4回目で繋がった。
『はい、もしもし』
電話の向こうの声はいつもと変わらず明るくて、咄嗟に言葉がでなかった。
「……あ、俺」
『こんばんは』
「どうも」
友達と挨拶を交わしてるだけなのに、何か変な感じ。
『急にどうしたの?』
「いや、別にどうってことはないけど、元気かなと思って」
電話の向こうで花菱はちょっと黙って、
『それ、朝も言ってたね』
「うん」
『昼休みも言ってたよね』
「うん」
『帰る時も言ってた』
「……さすがに、しつこいよな」
沈黙。
肯定はしないけど、否定もしない。
そんなことを聞くために、わざわざ電話してきて、普通の奴ならしつこいって、いい加減にしろって怒るよな。
「……ごめん、切るわ」
電話を切ろうとしたら、
『何でわかっちゃうんだろうね』
電話の向こうで、ほーっとため息をつくのがわかった。
俺の見立ては間違ってなかったか。
「そりゃわかるよ。お前とは10年の付き合いだぞ。3日と空くことなく、ほとんど毎日顔見てるんだからな」
それに、花菱が元気がない時こそ、元気がないことを隠すためにいつも以上に元気に振る舞うのはお決まりのパターンだ。
「気付かれたくないと思うなら、もっと自然にしてろよ」
『うん、ごめんね』
「謝ることはないだろ。ついでに今何してるか当ててやろうか。ベランダに出て、夜空を眺めてた」
電話の向こうでバフバフと変な音がした。
「何だ、今の」
『当たり。大正解。拍手したかったんだけど、手が塞がってるから、クッション叩いたの』
花菱は不器用だから、首と肩の間に電話を挟むことが出来ない。
「それはどうも。で、どうした?」
訊ねてから、あ、しくじったかなと思った。
3回も「元気だよ」って嘘ついて隠したくらいだから、本当は言いたくないんじゃないのかな、なんて。
花菱は『んー、』と唸って、
『何てことはないんだ。いつもの、病気みたいな?』
「あれか」
『あれだ』
なら、良かった。
良かったって言ったら、花菱は怒るかもしれないが、深刻な悩みじゃなくて、いつもの発作みたいなもので。
いつも元気な奴が、元気がないと心配になる。
「そっち、行ってやろうか」
『んー、大丈夫。でも、ちょうどいいから話聞いて』
「わかった」
電話を片手に、ベランダに出る。
同じマンションとは言え、棟が違うから、俺の部屋から花菱の姿は見えない。
でも、外に出て話したかった。