3年D組みんな仲良し

□杏奈嬢と七人の無礼者
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「そこの2人!」

 廊下の向こうから、ばたばたと騒がしい足音をたてながら、保健室の姉御・リカちゃんこと、早乙女 梨華先生が走ってきた。

「ちょうど良かった。あんたらヒマか? ヒマだよね? ヒマだろ?」

 こっちは何も言ってないのに、リカちゃんは勝手に話を進める。

「ちょっと頼みたいことあるんだ。この後、時間ある? あるよね? とりあえず、ここは暑いからもっと涼しいとこで話そう。な?」

 廊下に座り込むヒナタの腕を引っ張り、無理矢理立たせようとする。

「ヒマじゃねーよ。見りゃわかんだろ」

 腕を振りほどき、むっつりと、あからさまに不機嫌な調子でヒナタは言葉を返す。

「そう? あたしには2人仲良く廊下に座り込んで、瞑想してるように見えたんだけど?」

 リカちゃんはそこで、初めて俺らの首から下がる札に目を止めた。

「なにコレ。『補習をさぼりました』?」

「言葉の通りだよ。ヒナタは昨日の補習をさぼったんだ」

 ちなみに俺の札には、『宿題忘れました』と書いてある。

 8月20日。世間一般的には、楽しい楽しい夏休みの真っ最中。

 もちろん、俺とヒナタも夏休み中ではあるが、同時に補習期間の真っ最中でもある。

 1学期の期末試験で赤点をとってしまった生徒は、夏休み前と夏休み中に、合わせて2週間の補習授業を受けることになっているのだ。

「ヒナタってば全教科赤点なのに、補習さぼったんだよ。それでいて部活にはしっかり来てたもんだから、先生が怒っちゃって」

 担任の山田先生は、罰としてヒナタに職員用トイレの掃除を命じたが、ヒナタがそれを拒否し、

「掃除はできねーけど、マジで反省はしてるから、俺の誠意を別のことで証明する」

 と宣言し、一時間前から山田先生の根城・生物準備室の前で、首から札を下げて正座をしている。というわけだ。

 ちなみに俺は、付き合い……というか、ヒナタに強制的に付き合わされた。

「一人で首から札下げて廊下に正座してたらアホみたいだろ?」

 とヒナタは言っていたけど、2人だってアホみたいなことに変わりはないよ。

「そりゃ、あんたらが悪いわな。でも、残念だけど、山田先生なら補習終わって、すぐに帰ったぞ?」

「え、」

「はあ!? 人に正座させといて、なに勝手に帰ってんだよあの野郎!!」

 瞬間湯沸し器なみに熱くなりやすいヒナタは、勢いよく立ち上がり、でもすぐによろめいたけど、気合いで生物準備室のドアに体当たりをした。せめてもの腹いせなんだろうけど、痛くないのか?

「いや、というか、それは違うだろ。山田先生が正座をさせたわけじゃなくて、俺らが自らの意思で正座をしてたんだから」

 正確に言うと、俺は自分の意思で正座をしたわけじゃないんだけども。

「関係ねーよっ! 俺がわざわざ正座をしてやったってのに、一回も見に来ないなんておかしいと思ったんだ。あいつ、今度あったらタダじゃおかねぇ!」

 先生相手にどうタダじゃおかないんだか知らないけど、ぶちキレたときのヒナタは何するかわからないから、一応バカな真似しないように目を光らせておかなきゃな。ああ、めんどくさい。

「まあまあ、そう怒んなって。ただでさえ暑苦しいのに、怒ってたら余計に暑苦しくなんぞ」

 リカちゃんはニカッと笑って、

「とにかく、保健室においで。冷たい麦茶くらいご馳走してやるからさ」




「おや、おまえたちもリカちゃんに呼ばれたのか」

 ベッドの上に寝そべり、悠々と本を読んでいた同じクラスの腹黒大魔神・レオが、顔を上げた。

 なんでコイツもいるの。

「部活だったんだよ。僕が保健室にいたら何か問題でもあるのかな?」

 身を起こし、レオは一部の女子から絶大な支持得る愛くるしい笑顔(通称エンゼルスマイル)を浮かべて言った。

「いや、そんなことないよ。部活だなんて、こんな暑い中大変だなあ、ご苦労様」

 俺、何も言ってないのに、何で考えてることがわかったんだろ? レオ、恐ろしい奴だ。

「はいはーい、冷たい麦茶だよー」

 並々と麦茶が注がれたグラスを受け取る。氷とグラスがぶつかりあって、かろん、と涼しげな音がした。

「あー生き返るー」

「やっぱり夏は麦茶だよね」

「飲みながらでいいから、話聞いて」

 片手で携帯をいじり、リカちゃんは椅子に腰かける。

「実は、今、あたしの姪っ子がここに来てんだよ。兄貴の子ども。義姉さんに面倒みてくれって頼まれたんだけどー、あたしも仕事忙しくてさ。だから、あんたらあたしの代わりに遊んでやって。校門前にいるから」

 「よろしくー」とリカちゃんはおどけて、敬礼なんかする。俺とヒナタは慌てて、

「俺ら手伝うなんて言ってないよ!」

「なに勝手に話進めてんだよ」

「あん? あんたら手伝う気があったから保健室までついてきたんだろ?」

「リカちゃんが呼んだから来たんだよ!」

 この人は本当に、自分の都合のいいように話を進めるんだから。

「でも、あたしが声かけなかったら、あんたら夕方までずーっとあそこで正座してるつもりだったんだろ? その時間を姪のお守りに費やしたと思えばいいじゃんか」

 「そうだろ?」と得意げな顔してるリカちゃんには悪いけど、短気なヒナタのことだから、あの時リカちゃんが声をかけなかったとしても、そんなにしないうちに帰ってたと思う。一時間大人しく座ってるだけでも大変だったんだから。正座なんて最初の10分でやめちゃって、人の気配を感じるた時だけ、反省する振りしてたし。

「わかった、じゃあ、お守りにしてくれたらアイスおごってやるから」

「そこまで言われちゃ仕方ないね。お引き受けしましょう」

「「はあ!?」」

 素知らぬ顔して麦茶を飲んでいたレオが、突然、しゃしゃり出てきた。

 そこまでも何も、リカちゃんは「アイスおごってやる」しか言ってないじゃんか。アイス一つで子どものお守りを引き受けるのか、レオは。以外と安いな。て、そんなことはどーでもよくて。

「ありがとー! 助かるよっ。いやあ、やっぱ倉本が一番素直ないい子だなあ」

 リカちゃんは大喜び。嬉しさのあまり、レオのことをハグしちゃったり。俺らしかいないからいいけど、先生がそういうことするの、どうかと思う。

「よし、じゃあ早速行ってきてくれ。あたしは保健室で書き物してるから、何かあったら来ていいから。義姉さんが夕方には迎えにくることになってるから。それまで頼むわ」

 そんなわけで、レオと、何故かヒナタと俺まで、保健室を追い出されてしまった。俺たちは手伝うなんて言ってないのに。

「じゃあ、行こうか」

 レオは楽しそうににっこり笑って、言った。
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